156.決着

文字数 2,144文字

 ジークには解せないのだろう。どこにまだ力があるのかと。その見方が間違っているのだ。ジークはディスばかりを見ている。甘く見すぎていた。それだけなのだ。



 不味いものでも食べたような顔で血を吐き出して、ジークが起き上がる。口を切ったようだ。


 「お前の悪魔魔術だと。笑わせるな。ディスにも劣るような拳、血を飲まなくても口の中治るぜ」


 悪魔魔術らしくないが、大切なのは自分のスタイルだろう。コツはつかんだ。ジークの自然治癒力がどれほどすごくても関係ない。それを崩すだけだ。


 ジークの腕から、三本、鞭のように鎖がしなる。絡みつけなかったのが悔しいらしく、扱いが乱雑だ。



 「悪魔魔術」

 同時に上から骸骨の歯が降ってくる。上の邪魔者を先に倒すことにしよう。

 「輝流(ライトフロウ)


 風でも水でもない。光になる。音より早く、一秒よりも早く骸骨の上に到達する。十本の爪を突き刺す。骸骨から溢れる黒い炎。骸骨が雄たけびを上げても、ジークの炎はまだ生きている。手が焦げていくが、炎の魔術は得意だ。炎対決で負ける気はしない。


 「炎天火(ゴッドバーント)


 真夏の日照りより熱く。どの魔法より強力に。今までに習ったどの炎より激しく燃えるよう、塩をイメージする。塩は温度を上げてくれる。太陽を想像する。


 この骸骨の丸い頭こそが太陽になれ。爪が激しく灼熱の炎を上げる。腕まで燃え始める。骸骨の頭が溶け始める。


 足場に穴が空く、靴底が焼け落ちる。黒い炎が最後に抗おうと、火花を散らしたが、僕の炎で包み込むと、黒くくすぶって消滅した。


 別の雄たけびが聞こえた。ジークの右腕が激しく燃えている。刺青のあった腕が焦げ落ちる。ジークを忘れるところだった。骸骨はほうっておいても溶けるだろう。



 「赤い血の分際で! ディスが力を貸したのか? ディスめ、どこだ! 引きずり出してやる! 出て来い、ディス!」


 ふらつきながら喚き散らすジークは滑稽だ。あの長い白髪は、取り乱すと振り乱れるらしい。鎖で、僕の動きを封じようとするが、光の速さには勝てない。脇を通り過ぎていった。血走ったジークの視線と出会う。


 徐々に黒い水に溶けていく。ジークが影流(シャドウフロウ)する。ディスの技を真似ても無駄だ。僕自身の悪魔魔術だ。



 爪がジークの左胸に届く。左胸に突き刺した腕の周りから、闇色が染まって降りていく。握られていた鎖が、虚しい音を立てて滑り落ちる。掌に凍てつくほど冷たい血の感覚を浴びる。


 噴出した黒い血が腕を凍らせたが、確かな手ごたえは離さない。飛び出すばかりのジークの瞳が疑問を訴える。





 「バカな」


 「お前は僕に憎しみを与えすぎた。それだけだよ」




 当然、起きることのように思えた。この結末は。ディスに会うまでは、絶望的だった。ディスに感謝した。


 だるそうな唸り声がする。手がかじかんで、お互いに動けないのだ。ジークでさえ寒さを覚えたようだ。


 突然、苦しげだがはっきりと、憎しみのこもった叫び声が上がる。全身から発する殺気が空気をよどませた。憎悪、怒り、制裁。


 一筋の矢となって、僕の胸にも突き刺さる。安心しきっていた体が細かく身震いする。胸から鮮血がコップをひっくり返したような音を立てて溢れる。





 「この爪、抜けよ。そしたらオレも抜いてやる。それとも、同じ苦しみを味わうか?」


 最期にジークは余裕を見せた。これ以上戦えないと、肺がむせる。ジークは僕に突き刺さった爪を引き抜こうとしない。抜けば出血で殺せるというのに。先に抜けと言うのか。



 ジークが黙って死ぬとは思えない。抜いた瞬間、喉に噛みつかれたら血を吸われて終わりだ。



 ジークを動かさないようにするためにも、爪は抜けない。血を眺めることしかできない僕を、ジークは嘲笑った。肩で息をしながらそっと近づいてくる。ジークの爪が僕の血肉を掘り進む。


 焼けるように熱い。熱と痛みの地獄だ。拒みきれない嘔吐感が喉を何度も襲う。


 唾液が口の端を伝い落ちる。爪を抜いてしまいたい。そうすればジークに殺してもらえるというのに。


 ジークが接近したことで僕の爪がジークの背を突き破る。共倒れする気か? 歪んだ口元が迫ってくる。やられてたまるか。この際、腕を引き抜いてやる。ところが、腕の感覚がない。


 ジークの血液が冷たすぎて、上手く動かせないのだ。突き出している爪の先端は黒い血で凍えている。


 白い髪はもう頬に覆い被さっている。牙が鼻の先に訪れる。


 刹那、僕のコウモリの翼がジークとの間を隔てた。無意識の現象、ディスが隙を作ってくれた。



 僕は思い切って爪を引き抜き、再びジークの首筋を捉える。わずか数センチの傷から黒い血しぶきが上がる。後ろに揺らいだジークの体が天井を仰ぐ。



 灰色の目が潤んで、視点が定まっていない。ジークは一息吸い、ディスではなく僕の名前を呼んだ。




 ぐらりと、ジークの体重が僕にのしかかった。僕達は床に崩れた。彼の白い髪は眠りについた後も揺れている。そして、軽くなった。黒い砂になっていく。形も残らなかった。


 全ての呪縛から解放された。そんな解放感がする。大いに疲れた。



 自然に全身の力が抜ける。驚愕の表情のアグルが回って見える。心配してくれるのか。でも、僕は大丈夫。勝ったんだ。


 まぶたが落ちてきて視界は暗転したがそれでも心地よかった。
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