32.悪魔

文字数 1,736文字

 「チャスは町に行ったのかな。行ってみよう」

 珍しくグッデが嫌がった。

 「家にいた方が安全じゃねぇか?」


 「そうだけど、チャスだって危ないかもしれない」

 そんなわけで、町に来てしまったが後悔した。町ではお年寄りが逃げまどい、空から火の粉が降っていた。あの日と同じだ。僕達の賑やかな町が一瞬にして奪われた日と!


 「何だあれ」


 空に羽の生えた男と、丸い体をした、見たこともない怪物がいた。男は緑の髪で、黒い羽はコウモリそっくりだ。怪物は、黒くつやつやした、風船みたいな体つきで、短い手と短い足には、鋭い爪がある。背中には岩のようなトゲを持っている。


 その怪物が腹を膨らませ、口から火を吐いた。町に炎が降り注ぐ。と、それを雷が弾き、消し去った。見ると町の民家の上に立ったチャスが、体から雷を放っている。弾けるような音を立て、周りに光をほとばしらせている。


 「あれがチャスの技……チャスは雷を使えるんだ」

 「すげぇ。かっこいい」

 僕達は圧倒されて、口を開けていた。


 「何だおまえは」空にいる男が言った。

 「このチャスを知らない? お前雑魚だな」

 緑髪の男は不気味に笑った。


 「何でもいい。おれは今ゲームで忙しいんだ。邪魔するな」

 男はチャスを指差した。すると怪物が炎をチャスに三発も飛ばした。しかし、さすがは四大政師、全てひょいひょいとよけた。


 怪物も負けじと火を吐いた。チャスはジャンプでかわし、こっちに来た。さらなる攻撃をかわして後ろに飛ぶ。僕達と目が合った。


 「家にいろって言ったのに!」

 怪物の炎がこっちに飛んできた。地面がふっ飛んだ。三人で押し合い、がれきの山に沈んだ。

 「痛った」

 「どわあ」


 一番下にチャスを下敷きにしてしまったが、チャスは魔術師とは思えない派手な悲鳴を上げた。

 「ぎゃああああああ」


 「ご、ごめんよ」

 平謝りしながら引っ張り起こすと、服のほこりを払って、チャスが怒る。

 「何で来たんだよ」


 「危ないと思って」

 「俺は大丈夫だ。危ないのはお前らの方だぞ」

 今の悲鳴で?

 空の男が高らかに笑った。


 「何てまぬけなやつらだ」

 「あの空に飛んでる男は何?」

 チャスは当然のように答えた。


 「あれは悪魔だ」

 見た目は羽以外人間と同じだった。服が黒一色で、アクセサリーが多すぎるのを除けば目立たない。いや、緑の髪は目立つか。


 あれは、誰かに似ている。あれが一つの種族であるなら、僕らの町に火をつけ、僕の両親を殺したのは、悪魔か。あれが僕の父さんと母さんを? 嫌悪が胸の奥で渦巻き始めた。


 「横にいるのは魔物だ」

 はっきり言って魔物の方が驚いたし、恐ろしかった。火なんて飛び道具を使われたらたまらない。けれども、どう見比べても人間の姿に近い悪魔が醜い。


 「見た目はあれだけど、悪魔の方が強い。でも、どうなってるんだ。最近しょっちゅう魔界から来るんだ」


 魔界なんてものがあるのか。そんなものがあってはたまらない。どんな所か聞きたかったが、チャスが緊張した声で話すから、聞けなかった。

 「お前らは家に戻れ。俺の家は魔法で守られてる。今すぐ走れ」


 言われた通りにした。どうやったってあんな化け物にはかなわないだろう。それにもうだいぶ経験ずみなので、全速力で走って森に入った。

 「大丈夫かなチャス」


 「何とかなるだろ。四大政師様だぜ? それはそうとおれ達の魔術師との遭遇率高すぎだろ」

 家まであともう少しだった。ところが霧が立ちこめてきた。

 「あれ?」


 あっという間に真っ白になった。もうまるで、雲の中だ。家がどこかこれでは分からない。

 「あいつ。二人も取りこぼしたか」


 前から何か近づいてきた。人? 髪はオレンジ色だ。でもすぐに分かった。レイドが言っていた。悪魔は爪があると。近くで見ると、この男の爪は黒く鋭い。羽はないが、レイドはこうも言っていた。隠そうと思えば隠せると。


 「悪魔だ」

 「やばい」


 なぜか楽しそうに笑う男。自分が悪魔だと言うように爪を見せて、何をするのかと思ったら、爪が長く伸びた。


 「ゲーム、スタート」


 男が高らかに宣言して爪で斬りかかってきた。その前に逃げた。斬られる! 斬られる! どこへ走っているのか分からない。誰か後ろの殺人鬼を止めてくれ!
ワンクリックで応援できます。
(ログインが必要です)

登場人物紹介

登場人物はありません

ビューワー設定

文字サイズ
  • 特大
背景色
  • 生成り
  • 水色
フォント
  • 明朝
  • ゴシック
組み方向
  • 横組み
  • 縦組み