126.決戦開幕

文字数 2,541文字

 竜が口を閉じると、石のように固まって動かなくなってしまった。扉が鈍い音を立てて開いた。全身が強張る。


 冷気の立ち込める部屋。再び鈍い音とともに扉が閉じる。







 きっとジークか僕のどちらかが死ぬまで扉は二度と開かないだろうことは、悪魔の直感で分かった。





 生き物のいる気配が全くしない。音も光もなくなった。震える息と、自分の鼓動だけが聞こえる。






 「オレの部屋にようこそ。待ってたぜ。バレ・コステット・シューベルト」




 高揚した声が部屋全体に響いた。部屋の青いロウソクが一斉に灯る。黒い豪華な彫刻の入った椅子で、肘をつき、ふんぞり返っているのは白い髪の悪魔ジークだ。



 ジャケットは脱がれ、両腕には刺青が色濃く見える。ライブと違って、破れたズボンや、穴の開いたタンクトップという、肌を見せる服になっている。


 部屋は冷たいというのに、気にしていない。それまで気づかなかったが、結構筋肉が隆々としている。


 それら全てに憎悪を抱かずにはいられなかった。刺青も服も、ジークの一部であるものは、汚らわしい。握り締めた拳が震える。





 「ジーク」




 自分の声ではないような唸り声になるが、言いたいことが山ほどある。多すぎてどれからも手がつけられない。よくもチャスを。よくもオルザドークを。レイドとアグルに要姫(かなめひめ)。父さん、母さん、それからグッデ!


 口にすることはできない。先に爪が出そうだ。



 「全て見せてもらった。今も見えるぜ。肩の傷が痛むだろう?」


 穏やかになりつつあった肩の傷がうずいた。ジークは弱点を知っている。


 「決まってお前はオレを睨むんだ。オレが憎いか?」


 冷ややかな笑いが部屋に響く。早くも、怒りを押し殺すことができない。どうしても聞いておかないといけないことがある。怒りに飲み込まれる前に。




 「お前を殺す前に言いたいことがある」




 ジークはまるで友達のような声音で返事をする。

 「何だ?」

 「悪魔にした理由は何だ!」


 全ての悪の根源はこれだ。さっき竜の見せた過去でも、ディスと自分の繋がりだけが分からなかった。軽く首を傾げるジークは、見るからにまともな答えを答えそうにない。


 「捕まえたときに言ったぜ。お前が死ぬときに教えてやる」


 悔しくて歯噛みする。どうやって吐かせればいい。

 「そう怖い顔をするな。ここまでたどりつけたことは誉めてやるよ」


 話す度に口を歪めずにいられないのかこの男は。吊り上げた口がそのまま裂ければいいのに。こちらの怒りに気づくとふっと笑うのがもう我慢できない。


 不意打ちだろうが、座っていようが関係ない。あの余裕の笑みを消してやるのだ。


 走る。まだ爪は五センチ程度にしか伸ばさない。こうしておけば伸ばす勢いで、より魔法がスピードよく出せる。


 「インスファウス!」


 爪が火柱を扇ぐ。椅子ごと炎がジークを包む。やったか? 悪魔魔術を使った気配はない。バカな! 炎の中で笑っている! 


 何も燃えていない。服も、椅子も、炎に包まれているのに。こうなったら、最後に置いておくつもりだったとっておきの呪文だ。



 「ヒヴィー・ルーダ・アタリアム・クランシー・・・・・・」

 長い言葉をつむぐほど難易度は増すが、それゆえ最強魔法。爪が赤く発光する。火花がチリチリと飛ぶ。

 「エルデンヴァ!」


 炎の爪を床に突き刺す。床が砕けて、舞い上がる。どこまでもひびが連鎖し、穴が大きく開いていく。自分の足場も陥没する。手が振動に負けて震えそうだ。


 ここで力負けしてはいけないと教わった。火力を上げ、一気に引き抜く。


 爪に従って床の破片がうねる。炎も噴き上げ、破片が集まり形を作る。二つの長い破片は角になり、鋭い岩は爪と牙になる。細かい砂はウロコとして、丸い小石は目を担う。


 岩の竜の誕生だ。モデルはこの部屋の扉にいた竜で、この部屋に入るぎりぎりの大きさに作った。さすがに魔力(イーヴル)を使って疲れ、眠気がする。だが、これからだ。人差し指をジークに突きつける。




 「僕を悪魔にしたことを後悔させてやる!」




 竜が噛みつこうと体をうねらせ、太い前足で、床を蹴ってもジークは微動だにしない。ためらいが生じた。竜にも感情が伝達してしまい、一瞬だが竜が脇目に僕を見つめ返す。


 「かまうか」


 指示通りに竜は食らいついた。勢い余って、椅子も床も噛み砕き、壁まで突進していく。竜はまだ止まらない。自らも壁にのめり込み、砂塵に消える。やったか?


 煙の中で動くものはあるかと目をこらす。と、その瞬間、鼻がつく距離で、今やられたはずの悪魔の笑みが瞳に映し出された。


 風を切る音。目では捉えられない蹴りが、吐く息を止めた。理解する暇はなく、僕の体は扉まで弾け飛んだ。肺が扉で潰れたような痛み。


 痙攣(けいれん)しているみたいに全身震えて、四つん這いでしか立てない。ゲリーの言葉を思い出した。ジークの蹴りはゲリーの二倍のはずだった。どこが。三倍ぐらいじゃないのか?


 「どうしたバレ? オレを殺したいんだろ?」


 目の前でしゃがんで顔を覗き込んできたのはジークだ。もう、目の前にいる。何の気配もしなかった。こいつは本当に生き物か? へらへらと笑っていられるのも今の内だ。岩の竜はもう狙いをつけている。


 「随分汚れてるな」

 わざとらしく差し出された手を払いのける。

 「死ね!」


 竜がジークを頭からかぶりつく。背後を取られたジークは一飲みにされた。やった! 夢だろうかこれは。竜がむしゃぶっている。が、音がしない。骨が砕けた音とか、ジークの悲鳴だとか。


 幽霊に出会えたとしてもこの寒気はしないだろう。自分の生み出した竜が不気味に見えてくる。


 竜の体が崩れ始めた。魔法の効果が切れるには時間が早い。ただの岩になっていく。砂になって朽ち果てていく。


 崩れ落ちる砂の中から白い髪が現われる。砂の滝から気取った足取りで出てくるのは、ジーク。


 「教えてなかったか? なら悪かったな。オレに魔法は効かない。魔法の切り崩し方は熟知してる。魔法は古代からあまり変化していないからな」


 悪魔は魔法で倒せるはずだ。なぜジークだけが例外なんだ。オルザドークの本にあった呪文だけでも、数万あった。実際はもっとあると思う。その全ての対抗手段を知っているのか?



 「勝ちたいんなら悪魔魔術(オリジナル)を使うんだな」
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