141.まぶた
文字数 1,686文字
体の重さで加速し、闇へと落ちていく。風で舞い上がった血が、冷たく頬を濡らすが、その感覚もおぼろげになる。
もうどこへ堕ちてもかまわない。どこだって同じだ。ジークに勝てなかった。上に残してきたグッデが心配だが、考えてもきりがない。レイドがジークを何とかして倒してくれるのを願うばかりだ。
突き当たりが見えた。白い平面だ。魔界にしては珍しく。明るい部屋のようだ。
このままのスピードで落ちたら、怪我ではすまない。どの道死ぬ運命だ。どうだっていい。自暴自棄になっていると、体が軽くなった。意志とは関係なく、背中から暖かい羽が生えた。
誰かが引き伸ばしてくれたような優しい感覚が、体を包む。地上に横たわると、羽は布団のようにかぶさって、意志とは無関係に消えた。羽に遮られていた光が当たって目が眩む。
白い部屋だ。壁も、床も、天井も。(落ちてきたのに、天井ができていた)対照的に黒い鉄格子で囲まれている。明らかに僕は檻に閉じ込められていた。全身が冷える思いがする。
自分は用意周到に殺されるのだ。
ここで、流れ出る血と痛みを感じ、ジークに負けたという苦悩と仲間を残してきた不安を抱え込み、憎しみに染まった我が身を悔い、死の恐怖を全てこの身に受けるのだ。
これこそジークの言った通り、耐えられそうにない。たくさんの感情を胸に抱えたまま、死ぬのだ。
白い部屋は、何もない。黒い鉄格子とのコントラストが、胸に染みる。わざわざ、僕のための墓場まで用意していたとは。もう動けない状態だというのに、それでもジークは満足できないのか。
牢の中で死と向かい合わせにし、全てを悔やませる。そんなところだろう。ジークの考えが読めるようになった自分を嘲笑う。
(でも、僕は悔いていない)
上で笑っているであろう魔王に届くように強く思う。いらない感情まで押し寄せてきて、鉄の檻が滲んで見えた。
マケタンダ。
頭の中で声がする。やれることは全てやったはずなのに、こうもあっさり負けるなんて。
あまりの完敗ぶりに、否定する気力もない。体の芯から震えてくる。傷が痛むが、何より辛いのは痛みばかりではない。最後に見た満面の笑みだ。あの笑みが、苦しみの根源だ。
震えも治まりそうにない。堪えきれず、むせる。反動で身もだえして、床に黒い血を塗り広げた。体の限界を感じる。
心臓の音が大きく聞こえる。耳元で聞こえる鼓動は、本来生きている証だ。今は死に向かう音でしかない。あと何回鳴れば、聞き取れなくなるだろう?
ゆっくり止まるのか。突然止まるのか。
考えるだけで、胸が張り裂けそうになる。すでに、ジークの名を刻まれて裂けているが、それを見ると、途方もない虚しさと怒りを感じる。数々の残虐性が思い起こされる。
グッデ、オルザドーク、チャス、レイドに要姫、何度もそう叫びたい。順々にめぐっては、意識の狭間にジークが割り込む。頼む、消えてくれ!
胸まで迫る圧迫感。血の混じった嘔吐の中で体がよじれる。一呼吸して肺が膨らむものなら、血が気管を這い上がり吐血した。
息ができなくなった。肺にも、爪は達していたのだろう。今まで生きていた方がおかしいのだ。体が凍える。白い部屋は床だけ、僕の血の色で黒く模様替えしている。
もうだめなのか。自分の弱さが、憎い。
憎いという感情は、もうこりごりだが、どうしても離れない。仕方がなかったにしろ、グッデは助かって欲しい。願いを言えば、最期にもう一度グッデに会いたい。そう思った自分を嘲笑う。叶いそうもないことだと、すぐに気づいた。
瞳を閉じると、すんなりまぶたは落ちてくれる。そうすると呼吸が楽になった。何故もっと早くこうしなかったのか。だけど、何かを落としてきたようで悲しい。
「おやおや。もう負けを認めるとは、意外でしたね」
乾いた笑い声が、白い部屋にこだまする。まぶたが嫌がって、なかなか開けられない。ようやく重たいまぶたを上げると、鉄格子の向こう、上から見下ろしている紳士服が見える。
バロピエロか。半面で色分けしている不気味な顔など見たくない。何しに来たのか問いただす気力もない。
もうどこへ堕ちてもかまわない。どこだって同じだ。ジークに勝てなかった。上に残してきたグッデが心配だが、考えてもきりがない。レイドがジークを何とかして倒してくれるのを願うばかりだ。
突き当たりが見えた。白い平面だ。魔界にしては珍しく。明るい部屋のようだ。
このままのスピードで落ちたら、怪我ではすまない。どの道死ぬ運命だ。どうだっていい。自暴自棄になっていると、体が軽くなった。意志とは関係なく、背中から暖かい羽が生えた。
誰かが引き伸ばしてくれたような優しい感覚が、体を包む。地上に横たわると、羽は布団のようにかぶさって、意志とは無関係に消えた。羽に遮られていた光が当たって目が眩む。
白い部屋だ。壁も、床も、天井も。(落ちてきたのに、天井ができていた)対照的に黒い鉄格子で囲まれている。明らかに僕は檻に閉じ込められていた。全身が冷える思いがする。
自分は用意周到に殺されるのだ。
ここで、流れ出る血と痛みを感じ、ジークに負けたという苦悩と仲間を残してきた不安を抱え込み、憎しみに染まった我が身を悔い、死の恐怖を全てこの身に受けるのだ。
これこそジークの言った通り、耐えられそうにない。たくさんの感情を胸に抱えたまま、死ぬのだ。
白い部屋は、何もない。黒い鉄格子とのコントラストが、胸に染みる。わざわざ、僕のための墓場まで用意していたとは。もう動けない状態だというのに、それでもジークは満足できないのか。
牢の中で死と向かい合わせにし、全てを悔やませる。そんなところだろう。ジークの考えが読めるようになった自分を嘲笑う。
(でも、僕は悔いていない)
上で笑っているであろう魔王に届くように強く思う。いらない感情まで押し寄せてきて、鉄の檻が滲んで見えた。
マケタンダ。
頭の中で声がする。やれることは全てやったはずなのに、こうもあっさり負けるなんて。
あまりの完敗ぶりに、否定する気力もない。体の芯から震えてくる。傷が痛むが、何より辛いのは痛みばかりではない。最後に見た満面の笑みだ。あの笑みが、苦しみの根源だ。
震えも治まりそうにない。堪えきれず、むせる。反動で身もだえして、床に黒い血を塗り広げた。体の限界を感じる。
心臓の音が大きく聞こえる。耳元で聞こえる鼓動は、本来生きている証だ。今は死に向かう音でしかない。あと何回鳴れば、聞き取れなくなるだろう?
ゆっくり止まるのか。突然止まるのか。
考えるだけで、胸が張り裂けそうになる。すでに、ジークの名を刻まれて裂けているが、それを見ると、途方もない虚しさと怒りを感じる。数々の残虐性が思い起こされる。
グッデ、オルザドーク、チャス、レイドに要姫、何度もそう叫びたい。順々にめぐっては、意識の狭間にジークが割り込む。頼む、消えてくれ!
胸まで迫る圧迫感。血の混じった嘔吐の中で体がよじれる。一呼吸して肺が膨らむものなら、血が気管を這い上がり吐血した。
息ができなくなった。肺にも、爪は達していたのだろう。今まで生きていた方がおかしいのだ。体が凍える。白い部屋は床だけ、僕の血の色で黒く模様替えしている。
もうだめなのか。自分の弱さが、憎い。
憎いという感情は、もうこりごりだが、どうしても離れない。仕方がなかったにしろ、グッデは助かって欲しい。願いを言えば、最期にもう一度グッデに会いたい。そう思った自分を嘲笑う。叶いそうもないことだと、すぐに気づいた。
瞳を閉じると、すんなりまぶたは落ちてくれる。そうすると呼吸が楽になった。何故もっと早くこうしなかったのか。だけど、何かを落としてきたようで悲しい。
「おやおや。もう負けを認めるとは、意外でしたね」
乾いた笑い声が、白い部屋にこだまする。まぶたが嫌がって、なかなか開けられない。ようやく重たいまぶたを上げると、鉄格子の向こう、上から見下ろしている紳士服が見える。
バロピエロか。半面で色分けしている不気味な顔など見たくない。何しに来たのか問いただす気力もない。