45.不満

文字数 1,185文字

 大きな不安が落ちてきた。あの日と言えば、心当たりがあるのはホルストーンが火事になったときのことしか出てこない。


 飛び交う火の粉と灰、鼻が痛くなるほどの焦げる臭いと、竜のように立ち昇る黒煙。美しい夕日は炎と同化し、醜く醜悪でさえあった。賑やかな祭りで流れる旋律は、調和が乱れ、ついには騒ぎにかき消される。


 立ち往生する僕の後ろで、白い髪の少年が笑った。人々が焼かれ、死んでいく場で、嘲笑う悪魔。あいつがジーク。僕は押さえつけられ、何かを体に入れられた。あれは、何だったのか。ちょっと待てよ。後ろにいたシルクハットの男は――。

 「バロピエロ」


 後ろ手に自分を押えつけた長身の男はバロピエロだった! 顔は見えなかったが、体格も、風格も確かにそうだ。あの日何をされたんだ?

 「どういうことなんだ?」


 バロピエロは微笑んだだけだった。代わりにキースが話を進める。

 「本題に入ろうかなコステット。お前まだ薬持ってるよね。飲めよ」

 「この薬、本当は何なんだ?」バロピエロを睨みつけた。グッデは話がさっぱりという顔だ。

 バロピエロはおかしいとでも言いたそうに笑い始めた。


 「魔法の薬ですよ。正確に言えば魔力の元とでも言いましょうか。飲めば魔法が使える代物です。何か不満でも?」


 「本当にそれだけなのか? 僕に飲ませたがってるようにしか見えないけど」

 するとキースが冷たい笑みを浮かべてた。

 「飲まないの? せっかく時間をやってるのに。じゃあ、そこから落ちて焼け死ぬか、俺の銃で撃たれて死ぬか選んでよ」


 一枚の壁、これまた顔がある。前から迫ってきた。突き落とすつもりか、足場を狭めていく。この状況を脱する道具がないかと、ポケットを探った。


 いつものカバンはまずいことに、民家に置いてきたのだ。指先が瓶に触れた。あるのは赤い薬だけだ。飲めば逆転勝ちできるかもしれない。でもその後でどうなるか察しがつく。おそらく、今よりもおかしなことになる。


 銃声。胸に穴が開いた。噴出す血の速さは花火だ。足がくじけそうになる。かろうじて踏みとどまる。血が止まった。銃も効かないようだ。

 「バレ君はすぐに傷が治るんですね」


 バロピエロはさっきと同じように微笑んでいた。関心しているのか、頬に手をついてゆっくりとした面持ちで見下ろしてくる。

「じゃあ本気でやるしかないみたいだね」


 キースが弾丸を新たに詰めている。今度は持ちこたえられるか分からない。

 「何か分かんねぇけど、あの薬絶対に飲むなよ。おれが飲むから」

 グッデが助け舟を出してくれた。お前の分もかせと、全部薬を飲みほした。

 「あーあ。君が飲んじゃったの」


 キースが残念そうにため息をついた。グッデは要姫の水色のコインを見せた。

 「なめんなよ。今日の魔法は、要姫だぜ!」

 なるほど、要姫の魔法なら、悪魔だって倒せるかも。しかし、コインは一枚、一回きり。
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