67.アグルの悪魔魔術
文字数 2,871文字
剣を投げた。勝ち誇っていた魔物の脳天に突き刺さる。身を震わせ、頭に刺さった物を恐る恐る見やっている。
「うっ!」
「バカね」
ゾルスの爪、ピンクの女の爪が順に胸をえぐった。
「よそ見するほどバカなことはないな。自分の武器もほっちまって」
哀れむようなしぐさで、微笑むスキンヘッド。足がよろめく。しかも、残念なことに魔物は剣を引き抜いて、動きだした。
「痛かったな。もう少しずれてたら危なかった」
「嘘だろ」
少々息が上がった。やはりアグルをかばってのこの人数では分が悪すぎるのか。
「いや、お前はもう用済みだぜ」
ゾルスがそう唸ると、魔物が粉々になった。爪が魔物の頭にとどめを刺した。悪魔はときどきこういう仲間割れをする。
「仲間割れか。好都合だ」
「どうかしら」
メガネの女は否定した。
「悪魔魔術、悪夢 」
ゾルスの言葉にびくりと反応する魔物の残骸。肉片が磁石のように互いに引き寄せ、重なってく。やがて元の姿を取り戻した。魔物の焦点は合っていない。目が死んでいる。
「殺さなくてもよかったんじゃないのか? 返って動きが鈍ってるぞ」
俺の指摘に対してスキンヘッドのゾルスは鼻で笑った。
「見た目はな。魔物はこうでもしないと役立たずだぜ。人間のガキに押されやがって。教えてやるよ。俺の魔術は一度死んだやつを強くして生き返らせる。そして、俺の忠実な部下となる」
魔物が重そうに見える体を起こした。次の瞬間、目に映るか映らないかという速さで、大きな腕が突き出された。横に飛んでよけた。身構えていなければ危なかった。この悪魔の言うことは本当のようだ。
「お兄ちゃーん」
この忙しいときにアグルの声がした。今度はブロンドの髪の女に捕まりかけている。
「お前、悪魔魔術はできないのか!?」
魔物の腕に剣を弾かれ、よろめきながら声を上げる。
「急にはできないよー」
とっさに、魔物の拳を剣で受ける。さっきの傷に魔物の攻撃を受けた衝撃が伝わる。こっちは手一杯だというのに、アグルが気になって集中できない。今は逃げ回っていてくれ。
「じっれたいわね。次も教育しないといけない子がいるんだから、大人しく捕まりなさい」
「そうね」
とうとう女二人が挟み撃ちにアグルを捕まえた。このままではまずい。
魔物が大きく振りかぶる。巨大な鉤爪が振ってくる。
「ライトスピリオ!」
剣が鋭い光を放つ。魔界をも明るく照らし、数秒間、目は開けていられないだろう。
「何だあのガキ呪文を唱えたのか! アグルを殺ろせ!」
ゾルスが歯を剥き出して怒鳴る。
「アグルがいないわ!」
「こっちだ」
何とか連れ出したアグルを抱え、俺はニヤリと微笑む。
「これで、存分に暴れられる」
悪魔達は怒りをあらわに睨みつけてきた。しかし彼らの焦りは目に見える。
「ふん。調子に乗るんじゃねぇ。言い忘れてたが、俺の魔術は生き返らせるだけじゃない。生き返ったやつは不死身になる。俺を倒さない限りこいつは死なないぜ」
「ならお前を倒せば二人同時に消える。一石二鳥だな」
言い返してやるとゾルスは一瞬と言えど顔をしかめた。
「余裕かましやがって、気に入らねぇ。ぶっ殺す。悪魔魔術、赤月石 !」
ゾルスの背に羽が生え、宙に浮かぶ。両手から炎がほとばしる。中核に石があり、隕石のごとく、降ってくる。
アグルを抱えて横に飛ぶ。さらに二つ飛んできたのを交互に飛び越える。しかし、後ろから魔物が迫っていた。横なぶりの爪を剣で回避するが、上からの炎の攻撃をかわしきれない。
「悪魔魔術、消えちゃった」
アグルが指で炎をこまねいた。炎が集中的にこっちに来る。最悪の状況だ!
「何やったんだ!」
パチンと弾ける音がした。そのとき、炎がどこかに消えた。怒りを忘れてあっけにとられる。ぼーっとしているように見えたのだろうアグルが心配そうに声をかける。
「大丈夫?」
「今のはお前がやったのか?」
「ごめんね。足引っ張って」
俺は少し困惑する。この小さな子供は、悪魔魔術を使える立派な悪魔だ。とは言え、それを使って助けてくれた。
「よそ見しちゃだめじゃない」
不意をつかれた。ピンク髪の女の爪が剣を弾き、懐に入る。
「悪魔魔術、転んじゃえ!」
障害物もないのに、女がつまずいた。踏み込んでいた勢いで、女が転ぶ。しかもバウンドして尻餅をついた。
「やるじゃないか」
思わず笑みがこぼれる。まず、一人捕まえた。
「乱暴しないでよ」
今度はこちらが優位に立つ。
「おいスキンヘッド。こいつがどうなってもいいのか? 降りて来い」
メガネの女も魔物もぴたりと動かなかった。ゾルスだけが攻撃をやめようとしない。
「どうなろうが関係ないな!」
そう言って再び炎の雨を降らせる。触発されたようにメガネの女も魔物も爪を振りかざす。ちょっと待ってと訴えるピンク頭の女が哀れだ。
「さすが悪魔。そうだと思った」
ピンク髪の女をメガネの女に突き飛ばす。慌てて爪を引っ込めたメガネの女だが、衝突は免れない。二人とも折り重なって転ぶ。続いて、魔物の振り下ろした角をジャンプでよける。ついでに角を足場に、一気に駆け上がる。更にジャンプすると、かなり高い位置に着く。ここならゾルスと同じぐらいの高さだ。
「アナム・クリアラス!」
真っ白な帯状の光が四方に散る。地上の二人の女と魔物を絡め取る。これで誰も身動きはとれない。しかし、状況を見極めたスキンヘッドだけが身を引いた。
「ちっ。やっかいな魔法だな。今日は分が悪い。覚えとけ」
瞬時にして空に溶けて消えてしまった。
「待て」
もう少しのところだったのに。また舌打ちした。
「ちょっとゾルスが逃げたわ」
残された女達と魔物は光の帯に捕まってもなお、もがいている。
「そうだ。お前ら。組織の説明をまだ聞いてなかったな」
剣を突きつけると女達はすくみ上がる。
「私達はただの雇われ教師よ」
目を丸くすると、アグルが説明してくれた。
「僕、学校に通ってたの。先生達怖いんだ」
「魔界に学校があるのか?」
想像し難いが、悪魔の学校など、恐ろしい場所だろう。
「あるわ。私達は子供達の教育係。それだけよ。ルールを守らない子は死ぬだけ。ここまで話してあげたんだから逃がしてくれないかしら?」
メガネの女が笑みを浮かべる。
「駄目だ。逃がしたら他の悪魔に報告するんじゃないのか?」
「そんなことしないわ。だってDEO何てどうでもいいんですもの」
思わぬ言葉に面食らってしまった。一体DEOとは何なんだ。
「気になるんなら行ってみたらいいじゃない」
ピンクの髪の女も他人事のようだ。これは罠か? いや、罠だとしても行ってやる。この目で確かめてやる。
「まあ、魔物から逃げきれたらの話だけど」
ぶちっぶちっと、光の帯が切られた。魔物の力は強いが、あのスキンヘッドの魔術は、力だけではなく魔物の魔力まで高めていた。
「じゃあね」
女達は逃げていった。しかしとんでもない置き土産が残った。不死身の魔物だ。奇声を上げて魔物が突っ込んでくる。
「うっ!」
「バカね」
ゾルスの爪、ピンクの女の爪が順に胸をえぐった。
「よそ見するほどバカなことはないな。自分の武器もほっちまって」
哀れむようなしぐさで、微笑むスキンヘッド。足がよろめく。しかも、残念なことに魔物は剣を引き抜いて、動きだした。
「痛かったな。もう少しずれてたら危なかった」
「嘘だろ」
少々息が上がった。やはりアグルをかばってのこの人数では分が悪すぎるのか。
「いや、お前はもう用済みだぜ」
ゾルスがそう唸ると、魔物が粉々になった。爪が魔物の頭にとどめを刺した。悪魔はときどきこういう仲間割れをする。
「仲間割れか。好都合だ」
「どうかしら」
メガネの女は否定した。
「悪魔魔術、
ゾルスの言葉にびくりと反応する魔物の残骸。肉片が磁石のように互いに引き寄せ、重なってく。やがて元の姿を取り戻した。魔物の焦点は合っていない。目が死んでいる。
「殺さなくてもよかったんじゃないのか? 返って動きが鈍ってるぞ」
俺の指摘に対してスキンヘッドのゾルスは鼻で笑った。
「見た目はな。魔物はこうでもしないと役立たずだぜ。人間のガキに押されやがって。教えてやるよ。俺の魔術は一度死んだやつを強くして生き返らせる。そして、俺の忠実な部下となる」
魔物が重そうに見える体を起こした。次の瞬間、目に映るか映らないかという速さで、大きな腕が突き出された。横に飛んでよけた。身構えていなければ危なかった。この悪魔の言うことは本当のようだ。
「お兄ちゃーん」
この忙しいときにアグルの声がした。今度はブロンドの髪の女に捕まりかけている。
「お前、悪魔魔術はできないのか!?」
魔物の腕に剣を弾かれ、よろめきながら声を上げる。
「急にはできないよー」
とっさに、魔物の拳を剣で受ける。さっきの傷に魔物の攻撃を受けた衝撃が伝わる。こっちは手一杯だというのに、アグルが気になって集中できない。今は逃げ回っていてくれ。
「じっれたいわね。次も教育しないといけない子がいるんだから、大人しく捕まりなさい」
「そうね」
とうとう女二人が挟み撃ちにアグルを捕まえた。このままではまずい。
魔物が大きく振りかぶる。巨大な鉤爪が振ってくる。
「ライトスピリオ!」
剣が鋭い光を放つ。魔界をも明るく照らし、数秒間、目は開けていられないだろう。
「何だあのガキ呪文を唱えたのか! アグルを殺ろせ!」
ゾルスが歯を剥き出して怒鳴る。
「アグルがいないわ!」
「こっちだ」
何とか連れ出したアグルを抱え、俺はニヤリと微笑む。
「これで、存分に暴れられる」
悪魔達は怒りをあらわに睨みつけてきた。しかし彼らの焦りは目に見える。
「ふん。調子に乗るんじゃねぇ。言い忘れてたが、俺の魔術は生き返らせるだけじゃない。生き返ったやつは不死身になる。俺を倒さない限りこいつは死なないぜ」
「ならお前を倒せば二人同時に消える。一石二鳥だな」
言い返してやるとゾルスは一瞬と言えど顔をしかめた。
「余裕かましやがって、気に入らねぇ。ぶっ殺す。悪魔魔術、
ゾルスの背に羽が生え、宙に浮かぶ。両手から炎がほとばしる。中核に石があり、隕石のごとく、降ってくる。
アグルを抱えて横に飛ぶ。さらに二つ飛んできたのを交互に飛び越える。しかし、後ろから魔物が迫っていた。横なぶりの爪を剣で回避するが、上からの炎の攻撃をかわしきれない。
「悪魔魔術、消えちゃった」
アグルが指で炎をこまねいた。炎が集中的にこっちに来る。最悪の状況だ!
「何やったんだ!」
パチンと弾ける音がした。そのとき、炎がどこかに消えた。怒りを忘れてあっけにとられる。ぼーっとしているように見えたのだろうアグルが心配そうに声をかける。
「大丈夫?」
「今のはお前がやったのか?」
「ごめんね。足引っ張って」
俺は少し困惑する。この小さな子供は、悪魔魔術を使える立派な悪魔だ。とは言え、それを使って助けてくれた。
「よそ見しちゃだめじゃない」
不意をつかれた。ピンク髪の女の爪が剣を弾き、懐に入る。
「悪魔魔術、転んじゃえ!」
障害物もないのに、女がつまずいた。踏み込んでいた勢いで、女が転ぶ。しかもバウンドして尻餅をついた。
「やるじゃないか」
思わず笑みがこぼれる。まず、一人捕まえた。
「乱暴しないでよ」
今度はこちらが優位に立つ。
「おいスキンヘッド。こいつがどうなってもいいのか? 降りて来い」
メガネの女も魔物もぴたりと動かなかった。ゾルスだけが攻撃をやめようとしない。
「どうなろうが関係ないな!」
そう言って再び炎の雨を降らせる。触発されたようにメガネの女も魔物も爪を振りかざす。ちょっと待ってと訴えるピンク頭の女が哀れだ。
「さすが悪魔。そうだと思った」
ピンク髪の女をメガネの女に突き飛ばす。慌てて爪を引っ込めたメガネの女だが、衝突は免れない。二人とも折り重なって転ぶ。続いて、魔物の振り下ろした角をジャンプでよける。ついでに角を足場に、一気に駆け上がる。更にジャンプすると、かなり高い位置に着く。ここならゾルスと同じぐらいの高さだ。
「アナム・クリアラス!」
真っ白な帯状の光が四方に散る。地上の二人の女と魔物を絡め取る。これで誰も身動きはとれない。しかし、状況を見極めたスキンヘッドだけが身を引いた。
「ちっ。やっかいな魔法だな。今日は分が悪い。覚えとけ」
瞬時にして空に溶けて消えてしまった。
「待て」
もう少しのところだったのに。また舌打ちした。
「ちょっとゾルスが逃げたわ」
残された女達と魔物は光の帯に捕まってもなお、もがいている。
「そうだ。お前ら。組織の説明をまだ聞いてなかったな」
剣を突きつけると女達はすくみ上がる。
「私達はただの雇われ教師よ」
目を丸くすると、アグルが説明してくれた。
「僕、学校に通ってたの。先生達怖いんだ」
「魔界に学校があるのか?」
想像し難いが、悪魔の学校など、恐ろしい場所だろう。
「あるわ。私達は子供達の教育係。それだけよ。ルールを守らない子は死ぬだけ。ここまで話してあげたんだから逃がしてくれないかしら?」
メガネの女が笑みを浮かべる。
「駄目だ。逃がしたら他の悪魔に報告するんじゃないのか?」
「そんなことしないわ。だってDEO何てどうでもいいんですもの」
思わぬ言葉に面食らってしまった。一体DEOとは何なんだ。
「気になるんなら行ってみたらいいじゃない」
ピンクの髪の女も他人事のようだ。これは罠か? いや、罠だとしても行ってやる。この目で確かめてやる。
「まあ、魔物から逃げきれたらの話だけど」
ぶちっぶちっと、光の帯が切られた。魔物の力は強いが、あのスキンヘッドの魔術は、力だけではなく魔物の魔力まで高めていた。
「じゃあね」
女達は逃げていった。しかしとんでもない置き土産が残った。不死身の魔物だ。奇声を上げて魔物が突っ込んでくる。