148.レイド対ジーク

文字数 1,201文字

 乱暴に振るった剣が、正面から白い髪を捉える。軽く身をひるがえした自称魔王が、不適に笑う。髪の一本もかすりはしない。呪文が効かない悪魔と対峙するのは初めての経験だ。



 それだけで十分な戦いはできない。ジークは更に他の悪魔に類を見ない、威圧感がある。剣を突き出せば、殺気が肌をじりじりと焼くように感じられ、ときどき見せる笑みの中の瞳は、表情とは裏腹に獰猛だ。


 伸びきった腕を引き戻す前に、ジークの腕が鋭い突きを放つ。手の甲から先が消えたように見えた。次に襲うであろう、痛みを覚悟する。が、痛みではなく冷たい指先が顎に触れた。優越感に浸った眼差しが降り注ぐ。



 「なめるのも、ほどほどにしないと痛い目に合うぞ!」


 殴ろうと構えたところ、顎から遠心力に引き倒される。指の力だけで、数メートルも放り投げられた。壁に激突した頭が割れそうに痛む。


 「疲れたからそう思うだけじゃないのか?」


 ジークは完全に人を馬鹿にしている。その余裕は力あってのことだ。馬鹿にした方が馬鹿だということは決してない。


 実力者ゆえの発言だ。悔しいことに、並み程度はあると思っていた悪魔祓い師稼業の技術も、全く歯が立たない。



 「お兄ちゃん!」

 「お前はそいつの手当をしてろって言っただろ!」


 回復の呪文を教えたので、おぼつかなくともアグルはグッデの止血をしていた。アグルには首を突っ込むなと念を押したが、自分の仕事を投げ出して走ってくる馬鹿がいるか! ジークの視界に入ったら、まず助からない。


 軽快なステップでジークが躍り出る。一歩で、数メートル離れたアグルへ辿り着く。

 「一人で逃げれば済むことだろ? なぜ逃げない?」


 腰を折り、さとすように見下ろすジーク。それ以上近づかせてたまるか! よろめく足を素早く回転させて、ジークの背後に迫る。


 「お前もこいつをかばおうって?」


 こいつ、後ろにも目があるのか。振り向きざまに伸びる足が、首をかすめる。頭を狙ってきたのか。一秒もかけずに、この高さまで上がる足はどれだけ柔らかいのだ? 


 アグルが役割を意識し、走って逃げる。それでいい。


 見届けた後、大勢を立て直そうと向き直ると、一歩で詰められた。無駄のない軽やかな動き。


 ダンサーでも、これほど軽やかにはなれない。鼻の先同士が触れそうになる。とっさに、足を蹴り上げる。さっきのお返しとばかりに、顎を狙う。


 が、足をつかまれた。引き倒される! そう思ったより早く、ジークが跳ぶ。飛び蹴り、回ってもう一回。口から泡が弾け飛ぶ。


 視界がかすむのは、ジークの素早い動きのせいか、意識がもうろうとするからか。空中で反り返ったまま、また足を引きずられる。床が全身を叩きつける。


 「ぐあ!」

 手から剣が離れ落ちていった。世界が回転しているように見える。倒れる間に、これだけの攻撃をしかけられるとは、単なる身軽というだけではない。初めて出会ったときと、何かが違う。
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