139.契約の書

文字数 1,411文字

 「オレとディスとの対面は、さっき扉の竜が見せた通りだ。オレの父に当たる魔王エレムスクは、ディスが魔界から出られないように手配した。だが、二ヶ月経っても見つからなかった。魔界を出るだけの力も備わっていない子供がどこに隠れていたと思う?」



 二ヶ月間も、一人で逃亡生活を送っていたというのか。魔界でそれを成し遂げるのが、どれほど難しいか想像に難くない。半日で捕まった自分と比べれば、大したものだ。それでも、逃げ切ることはできなかったのか。


 「あいつはずっとこの城に潜んでいた。思い出すだけで胸くそ悪いぜ。奴は外に逃げたと思い込んでいたエレムスクの裏をかいた。ある日、オレの平穏は破られた。ディスのおかげでな」


 灰色の瞳を細めたジークの口調は穏やかでない。怒りの炎こそ見えないが、降り注ぐ視線から侮蔑(ぶべつ)の念が送られてくる。


それは僕の中に宿るディスの魂に向けてか。それとも、僕を見る度にジークはディスを写し見るのか。


 「二ヶ月足らずで成長したディスが姿を見せた。そして魔王エレムスクを殺した」


 四、五メートルはあろうあの悪魔を倒したのか! 十七年前に、共に生きていたならば一緒に、ざまあ見ろと言ってやりたい。ジークはどんな悔しい顔をするだろうか? 


 心穏やかではいられなくなるだろう。ジークの怒りが爆発する様をあれこれ想像しただけで笑みがこぼれそうだ。本来のジークの怒りに満ちた姿をさらけ出してやりたい。



 「それだけじゃない。魔王になるために必要となる契約の書をディスは盗んだ。オレが二本足で歩けるほど成長したときには、親父は死んで、ディスも死にかけていた。


オレはあいつを痛ぶって殺そうとしたが、ディスは自ら命を絶った。契約の書を自分の魂に封印してな。


書は、魂とともに実体のないものになった。魂は器がなければ形にならないからな。オレは一夜にして親父も、魔王になる機会も失った」



 何を嘆く必要がある? 母親は生まれると同時に、殺しているではないか。ディスに酷い扱いをしていた悪魔達が悪いのだ。逆恨みもいいところだ。


 「オレは誓った。ディスをもう一度殺すと。生きた肉体を与え、今度こそ楽には死なせないと。また、この部屋に呼び戻し、契約の書を奪うと計画した」


 高らかにジークが天を仰ぐ。世界は自分のものだと言わんばかりに。何もかも思い通りに進んだと思っているのだろう。


しかしそれは違う。勘違いしているのではないか? ここにいるのは僕だけだ。ディスはいない。


 「僕とディスの繋がりは? それは僕じゃなくディスに対してだろ?」


 「そうだ。でも、感じるだろ? お前は恐怖を。ディスじゃなくてもいいんだ。あいつを痛めつけて殺すことは叶わなかったが、今が大切だと思わないか? 罪を償わせるのはディスじゃなくてもいい。ただ復讐するのもつまらないだろ? 


 あいつの血を見たとき、興奮した。あいつは人間が好きだった。だからあいつの好きなものに魂を移した。そうすれば、あいつ自身も罪の意識でさいなまれる。


 あいつも悪魔の血を受けた人間は暴走すると分かっていたからな。魂を入れられた人間も、悪魔の血に目覚め、ついには身を滅ぼし闇にまみれた血をさらすことになる。


 そのとき、封印は解け、契約の書が現われる。あとは簡単だ。オレはサインするだけで魔王になれる! そしてディスとの因縁も決着する。何も知らぬままにここに来てしまった哀れな悪魔の子を八つ裂きにすればな」
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