80.悪魔の学校

文字数 2,209文字

 門を通り抜け、注意深く辺りを見回す。学校というわりには校庭もなく、校舎も狭い。そっと窓から教室をのぞくと、何もないことに驚いた。本来あるはずの机も椅子も。


 「どうやら悪魔の学校は座って勉強しないらしいな」

 「怖い先生が叩くから、僕達座ったりできないよ」


 アグルの表情が変わる。泣きそうでもない。怖いという顔だが、怯えきった表情には色がないのだ。


 「何をされた?」

 アグルの目が固まる。何かを言おうと、口が形だけ動くが言葉が出ない。

 「悪かった。よほど酷いんだろうな。俺が確かめる」


 窓を開け、中へ侵入する。窓にもカギはかかっていない。

 「僕こんな暗いとこに一人なんて嫌だよ」

 「お前悪魔だろ」


 また泣き出しそうなので口を押さえた。

 「誰かに見つかったらどうする」

 アグルがニヤついた。


 「つれて行ってくれないなら泣くもんね」

 (こ、こいつ)


 仕方なくアグルをつれ、廊下を歩く。学校は一切の灯りがない。黒い石のレンガは重々しく、静けさを際立たせている。まるで刑務所のように、教室の窓は鉄格子がはめ込まれている。

 「学校じゃないな」


 傍で、アグルが身震いしている。それも寄り添って離れない。

 「先生に見つかったらどうしよう」


 まさにそう話していた時、後ろに気配を感じた。振り返る。何もいない。不可解だと、ふに落ちないながらも先に進んだ。注意深く目を凝らしていると、遠くで灯りのもれている教室が見えた。扉に近づくと、ロウソクのわずかなともし火の中に、生徒らしき子供の悪魔が数人いた。


 入り口で耳をそば立たせると声も聞こえる。泣き喚く声や悲鳴だ。てっきり人間が中で悪魔達にむさぼられているのかと思ったが、そうではない。人間はすでに死んでいた。


 その死体を使って目玉をくり貫けとか、肉を食らえとか、幼い悪魔に教えているのだ。子供達は意外にも拒んでいた。教師と思われる男に爪で体罰を加えられている。こんなことがあるのだろうか? 悪魔は根っからの悪ではないのか?


 「よく見えないよ」

 アグルが顔を押しつけようとする。小声の静止も聞かなかった。

 「こら待て!」


 「悪魔魔術、見ちゃうもんね」

 この光景は幻だろうか? 教室と廊下を隔てていたはずの壁がなくなっている。今の見晴らしがいいが、逆に向こうからも丸見えだ。

 「失敗しちゃった、みたい」

 「みたいじゃないだろ!」


 アグルの力は単純で恐ろしい。

 黒スーツの男と目が合った。反射的に剣を構えた。今まで見たことのある悪魔の中では、一番身なりが落ち着いているが、その服は、赤い血が染み込んでいる。近くで座り込んでいる子供が、痛みを訴え泣いている。この子の血か。


 まだ幼い子供達が恐怖をなして逃げ出した。よく見るとみな血が赤い。赤い血の悪魔は、バレとアグル以外にもいたのか? 腕や足、頭に腹からと血を流している。その彼らの足に黒い植物が巻きついた。男の足元の床から芽生えている。


 「悪魔魔術、闇のチューリップ」

 子供達だけでなく、アグルにも細長い茎が伸びてくる。青いチューリップが美しく咲いているが、油断はならない。剣でぶった斬った。ついでに全部なぎ払う。


 「挨拶なしか」

 「捕まえてからでもできるだろ?」


 別の男の声だったので驚いて振り向く。 男が宙に浮いている! 茶髪でシャツとジーパン姿だ。さっき感じた気配はこの男か。

 「こいつの仲間か」


 「そう。ここの先生だ」

 自称先生の顔を見たアグルが後ろに隠れた。

 「もうすぐ入学なのに、すっかり人間に懐いて」

 「随分ハデに教えてるみたいだな」


 「殺人科一年生コースの担当だ。お前はただの人間じゃなさそうだな」

 悪魔祓い師であることが分かっているようだ。


 「魔界に乗り込んで、どうなるか分かってるのか?」

 「ああ、お前らが負ける」

 黒スーツの男が関心したとでも言いたそうだ。


 「どうでしょう。ここは一つ、子供達に実戦を見せてあげるのは?」

 まだ、あどけない表情の子供達がすくみ上がる。こんなに怯えた悪魔は見たことがない。爪や羽があったとしても、まだ子供なのだ。


 「こいつらを逃がせ」

 指示されたアグルは、この中で一番小さいながらも、みなを先導した。

 「逃がしてもらっちゃ困るな」


 眼光から敵の殺意がうかがえる。動くことさえ、ためらいたくなるプレッシャー。表情に変わりがあるわけではない。少しずつ茶髪の男が笑っていくように見えた。

 爪が目に飛び込んできた。ギリギリで剣を交える。


 「よく受け止めたな」

 剣一本に対し、相手は両手で計十本の刃物をじりじりと押す。片手が、アグルを傷つけようと浮き足だっている。弾かれる前に弾いた。が、男は予測していたらしく飛びのく。振り下ろした剣は男をかすめもしなかった。


 「イルファバニース」

 爆発の呪文。建物ごと潰すつもりでやった。この距離で避けられるはずがない。

 「悪魔魔術、四囲の砦」


 爆発より早く、男を守る柱が下から伸びた。そちらに気を取られていると、スーツ悪魔の爪が伸びてきた。剣で払う。男が飛び退き、茶髪の男が入れ替わりに蹴りを入れる。これも剣で受ける。


 「先に行ってろアグル!」

 逃げろと言いたかったが、逃げろと言えばアグルは逃げないが、足手まといにならないようにしようと思ったのだろう。すんなり頷いた。

 「外で待ってるからね」


 スーツの悪魔が身をひるがえした。アグルを追うつもりだ。

 「させるか!」
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