38.透明人間
文字数 2,083文字
「驚いたろ? 俺は盗賊のリーダーだ。死んでもらおうか」
ナイフがいったん遠ざかった。勢いをつけて、肩からばっさり斬られた。叫んだ。が、驚いたことに痛くない。不可解なことばかりだ。空に舞うほど勢いよく血が噴きだしたのに、僕の体は平気なのか。
しかし、それよりも驚いたのはナイフについた血が男の正体を見せた。透明人間だ! 返り血を浴びた二の腕が姿を現した。残念なことに血はすぐに傷口に帰ってきたので、男は見えなくなった。
「おい、驚いたぜ。お前、何で治る?」
動揺したのはお互い様ということか。この男、ただ者ではない。もし不死身の体でなければ、今の一撃で死んでいたかもしれない。
「あー分かった。あのガキが言ってたのはこいつか」
盗賊が奇妙な独り言とともに甲高く笑い始めた。突然見えない手に首が押さえつけられる。
「白状しろ。おまえコステットだろ?」
レイドだけではなかった。何故、互いに面識もないのにその名を知っているんだ。また、脳裏に白い髪の少年の笑い声が木霊する。
「お、おまえ、悪魔か?」
透明人間の含み笑いが見えるようだ。ますます首が締めつけられる。
「違う。でも、悪魔の回し者には違わないか。今悪魔だけのゲームに参加させてもらってる。何でも、優勝すれば魔王の地位が手に入るらしいからな」
「それと僕と、何の関係がある」
悪魔? 魔王? ゲーム? 全く理解に苦しむ。
「ゲームだ。コステットをいち早く見つけて、殺すっていうゲームだ」
透明人間の爪が首にのめり込む。何とかまだ息はできるけど、相当苦しい。
「で、どうなんだ? お前名乗らないとこ見るとコステットだろ?」
図星だ。だが、どうしてゲームなんだ。あの白い髪の少年が目に焼きついて離れない。あいつか。この名を知っているのはあいつしかいない。あいつが名付けた名だ。
「僕はバレだ」
「そうかよ」
「僕を殺すのは無理だ」
死ぬならとっくに何度も死んでいる。
「俺は知ってるぞ。悪魔から、殺し方を聞いた。これを飲ませればいいんだ」
透明人間が透明なポケットから持ち出したのは、瓶に入った赤い薬だ。心なしか、魔法の薬とそっくりだ。入れ物がわずかに違うだけで同じではないか。
「さあ、大人しく飲め」
透明な手が薬を口にねじ込もうとする。でも、断固として口を開けなかった。
「おい! バレに変な物飲ますな!」
グッデが足を引きずって、自分の靴を投げようとする。でも魔法は発動しなかった。やっぱり何度も上手くいくわけではない。
「バーカ」
透明人間は笑い、今度は薬を持っている手も合わせ、両手で首を絞めてきた。
「ほーら。どうする? いくら死なないって言っても、息ぐらいしたいだろ?」
透明人間に押し倒された。確かに苦しくなってきた。
「いっそのこと、絞め殺そうか? でも、確実に殺してやる」
そろそろ息がもたない。
「さあ口開けな」
透明人間は突然、首を絞めていた手を放した。それと同時に、薬の入った瓶が口に詰め込まれた。溢れんばかりの勢いで、薬が喉を伝っていく。
「飲め。もっと飲め」
しぶくて苦い。薬は血の味がした。いや、血だった。少し油っぽい感触はジェルダン王に会ったおかげで、自信を持って言える。
しかしこれは、魔法の薬と味が違うものの感触はほとんど同じだ。魔法の薬は血でできているとでも言うのか。それにどうして血なのか?
こんなもので死ぬとは思えない。ただ気持ち悪いだけだ。血なまぐさく、吐き気さえする。油のようにさわやかでない喉越し。残るのは苦味と、乾き。喉の奥で言葉が湧き出る。
(何てすばらしい味なんだ)
血が喉につまりかけて、目が覚めたような気分になる。口の中の物がおいしいと感じた? そんなバカなことが!
瓶の中身が残りあと少しという時、吐き出した。それが透明人間の体にかかった。しかし、半分以上飲んだ後だった。気持ち悪くなって、むせていると、透明人間がナイフを振り回した。
「お前、ちゃんと飲んだんだろうな!」
血がかかって、男の顔が分かった。中年の男。しかしそんなことに見ている場合ではない。首を切られた。赤い線がナイフについていく。
しかし全部飛ばずに首に戻ってくる。驚いたことに全く痛みはない。治るスピードも上がっている。
「何で死なない! 何で? こ、このけだもの!」
透明人間のナイフが僕の胸に刺さった。でも、痛くない。ちょっと血が出ただけだ。
「おまえにけだものって言われたくない」
胸に刺さったナイフを奪い取った。傷はもう塞がった。
「え、えっ、ちょっと待ってくれよ」
元透明人間は動揺した。あんまり、おじけずいているので、ナイフはその辺に投げた。それに気を取られている透明人間顔をぶん殴った。たじろぐ男を今度は背負い投げる。
運悪く頭を打った透明人間はあっけなく気絶してしまった。何も怖がることはなかった。死なないんだから。
「勝っちまった!」グッデが歓声を上げた。しかし、一概に僕は喜ぶことができなかった。たった今誰よりも恐ろしいものを見つけてしまった。それは、自分だ。
ナイフがいったん遠ざかった。勢いをつけて、肩からばっさり斬られた。叫んだ。が、驚いたことに痛くない。不可解なことばかりだ。空に舞うほど勢いよく血が噴きだしたのに、僕の体は平気なのか。
しかし、それよりも驚いたのはナイフについた血が男の正体を見せた。透明人間だ! 返り血を浴びた二の腕が姿を現した。残念なことに血はすぐに傷口に帰ってきたので、男は見えなくなった。
「おい、驚いたぜ。お前、何で治る?」
動揺したのはお互い様ということか。この男、ただ者ではない。もし不死身の体でなければ、今の一撃で死んでいたかもしれない。
「あー分かった。あのガキが言ってたのはこいつか」
盗賊が奇妙な独り言とともに甲高く笑い始めた。突然見えない手に首が押さえつけられる。
「白状しろ。おまえコステットだろ?」
レイドだけではなかった。何故、互いに面識もないのにその名を知っているんだ。また、脳裏に白い髪の少年の笑い声が木霊する。
「お、おまえ、悪魔か?」
透明人間の含み笑いが見えるようだ。ますます首が締めつけられる。
「違う。でも、悪魔の回し者には違わないか。今悪魔だけのゲームに参加させてもらってる。何でも、優勝すれば魔王の地位が手に入るらしいからな」
「それと僕と、何の関係がある」
悪魔? 魔王? ゲーム? 全く理解に苦しむ。
「ゲームだ。コステットをいち早く見つけて、殺すっていうゲームだ」
透明人間の爪が首にのめり込む。何とかまだ息はできるけど、相当苦しい。
「で、どうなんだ? お前名乗らないとこ見るとコステットだろ?」
図星だ。だが、どうしてゲームなんだ。あの白い髪の少年が目に焼きついて離れない。あいつか。この名を知っているのはあいつしかいない。あいつが名付けた名だ。
「僕はバレだ」
「そうかよ」
「僕を殺すのは無理だ」
死ぬならとっくに何度も死んでいる。
「俺は知ってるぞ。悪魔から、殺し方を聞いた。これを飲ませればいいんだ」
透明人間が透明なポケットから持ち出したのは、瓶に入った赤い薬だ。心なしか、魔法の薬とそっくりだ。入れ物がわずかに違うだけで同じではないか。
「さあ、大人しく飲め」
透明な手が薬を口にねじ込もうとする。でも、断固として口を開けなかった。
「おい! バレに変な物飲ますな!」
グッデが足を引きずって、自分の靴を投げようとする。でも魔法は発動しなかった。やっぱり何度も上手くいくわけではない。
「バーカ」
透明人間は笑い、今度は薬を持っている手も合わせ、両手で首を絞めてきた。
「ほーら。どうする? いくら死なないって言っても、息ぐらいしたいだろ?」
透明人間に押し倒された。確かに苦しくなってきた。
「いっそのこと、絞め殺そうか? でも、確実に殺してやる」
そろそろ息がもたない。
「さあ口開けな」
透明人間は突然、首を絞めていた手を放した。それと同時に、薬の入った瓶が口に詰め込まれた。溢れんばかりの勢いで、薬が喉を伝っていく。
「飲め。もっと飲め」
しぶくて苦い。薬は血の味がした。いや、血だった。少し油っぽい感触はジェルダン王に会ったおかげで、自信を持って言える。
しかしこれは、魔法の薬と味が違うものの感触はほとんど同じだ。魔法の薬は血でできているとでも言うのか。それにどうして血なのか?
こんなもので死ぬとは思えない。ただ気持ち悪いだけだ。血なまぐさく、吐き気さえする。油のようにさわやかでない喉越し。残るのは苦味と、乾き。喉の奥で言葉が湧き出る。
(何てすばらしい味なんだ)
血が喉につまりかけて、目が覚めたような気分になる。口の中の物がおいしいと感じた? そんなバカなことが!
瓶の中身が残りあと少しという時、吐き出した。それが透明人間の体にかかった。しかし、半分以上飲んだ後だった。気持ち悪くなって、むせていると、透明人間がナイフを振り回した。
「お前、ちゃんと飲んだんだろうな!」
血がかかって、男の顔が分かった。中年の男。しかしそんなことに見ている場合ではない。首を切られた。赤い線がナイフについていく。
しかし全部飛ばずに首に戻ってくる。驚いたことに全く痛みはない。治るスピードも上がっている。
「何で死なない! 何で? こ、このけだもの!」
透明人間のナイフが僕の胸に刺さった。でも、痛くない。ちょっと血が出ただけだ。
「おまえにけだものって言われたくない」
胸に刺さったナイフを奪い取った。傷はもう塞がった。
「え、えっ、ちょっと待ってくれよ」
元透明人間は動揺した。あんまり、おじけずいているので、ナイフはその辺に投げた。それに気を取られている透明人間顔をぶん殴った。たじろぐ男を今度は背負い投げる。
運悪く頭を打った透明人間はあっけなく気絶してしまった。何も怖がることはなかった。死なないんだから。
「勝っちまった!」グッデが歓声を上げた。しかし、一概に僕は喜ぶことができなかった。たった今誰よりも恐ろしいものを見つけてしまった。それは、自分だ。