124.誕生
文字数 1,393文字
「いい加減にしろ」
エレムスクが脅すように言ったので、悪魔達が身をこわばらせた。ディスもそうだが、部外者の僕もだ。声が腹まで響く。周りが急に静まり返る。エレムスクが盛大に笑い出し、ベッドの女に指を差し伸べる。大きな手は女の体よりでかくて、手を握れないのだ。その指に頭を寄せて、女が怪しげに微笑む。
「もうすぐ生まれるわ」
「分かってるとも、喜べディス。今日、お前に弟ができる」
向き直ったエレムスクはほくそ笑む。あんな表情を見せられたら背筋が凍るところだ。だが、ディスの顔には何の表情もない。驚きも喜びも。悲しげな怒りだけが、エレムスクを睨んでいる。
ついにそのときは来た。ベッドの上の女が激しくわめいた。悪魔達は硬直し、女一点だけを見つめている。かっと目を見開いたエレムスクは、いよいよ生まれる二人目の息子をとくと見ようと、身を乗り出した。
身もだえした女はわめき、ベットを這い回る。シーツを引き裂いて、四肢を投げ出しては、転げ回る。誰も励まそうとはしない。誰も助けようとはしない。
苦しみに溺れていくのをただ見つめている悪魔達。そうして、女の命が尽きようとすることを示した悲痛な叫びが上がる。
地獄で聞いた恐ろしい悲鳴とよく似ている。僕も含め誰もが息を飲んだ。尋常ではない叫びに、エレムスクも氷った。
女の腹から黒くて長い爪が飛び出していた。爪が女の体を引き裂き、黒い血がベッドを染め上げていく。何て光景だ。地獄でも、これほどの光景は見られない。
女はうめき、なお爪は母である女の体をほじくり回す。女が哀れに見えてくる。エレムスクはどう見ていたのか? 笑みをたたえている。最期に女は、自身の腹から逃れようとのけ反るが、静かに動かなくなった。
何て酷い出来事なのだろう。悪魔にかかれば、めでたい出来事も、こうもあっさり不幸になるのだ。動かない体からは、黒い血糊が溢れている。そこにうごめくものがあった。
これで終わりと思い込んでいた。惨事は始まりにすぎない。これが出産であることを、あまりのおぞましさに忘れていた。中のものが死んでくれていたらよかったのに!
腸が飛び出して見るに堪えなくなった女の腹に、視線が吸い寄せられる。裂かれた腹の肉と肉の間に、まだ目も開けていない赤ん坊がいる。
黒い血にまみれて。鼻をひくつかせて、重たい頭を血の臭いのする肉の塊にこすりつける。赤ん坊が笑い出した。
聞きたくない。この撫でられるような笑いは堪えられない。赤ん坊がなぜ歓喜しているのか分かる。勝利、快感、嘲笑、発せられたこれらが押し寄せてくる。
「さすが俺の息子だ。他の奴らとやることが違う」
エレムスクが指で赤ん坊を持ち上げる。悪魔達は誰も口を開こうとしない。そこで、キースが問う。
「名前はもうお考えで?」
「こいつ自身が決めたようだ」
悪魔達もどういうことか分かっていないようだ。
「以前から名前は考えていたが、今日までこの女と意見が食い違っていたのだ。しかしこの女は死んだ。息子の爪でな。息子は俺を選んだようだ」
そんな理由であの女は殺されたのか! 何て理不尽な。
「で、お名前は?」
エレムスクが高く赤ん坊を掲げる。
「ジークだ」
あの顔はそうだ。まだ髪も生えていないが、悪魔達を見下ろし、我が物顔で笑っているのはジークだ。これが二人目の魔王の息子の誕生。この日から悪夢が始まるのか。
エレムスクが脅すように言ったので、悪魔達が身をこわばらせた。ディスもそうだが、部外者の僕もだ。声が腹まで響く。周りが急に静まり返る。エレムスクが盛大に笑い出し、ベッドの女に指を差し伸べる。大きな手は女の体よりでかくて、手を握れないのだ。その指に頭を寄せて、女が怪しげに微笑む。
「もうすぐ生まれるわ」
「分かってるとも、喜べディス。今日、お前に弟ができる」
向き直ったエレムスクはほくそ笑む。あんな表情を見せられたら背筋が凍るところだ。だが、ディスの顔には何の表情もない。驚きも喜びも。悲しげな怒りだけが、エレムスクを睨んでいる。
ついにそのときは来た。ベッドの上の女が激しくわめいた。悪魔達は硬直し、女一点だけを見つめている。かっと目を見開いたエレムスクは、いよいよ生まれる二人目の息子をとくと見ようと、身を乗り出した。
身もだえした女はわめき、ベットを這い回る。シーツを引き裂いて、四肢を投げ出しては、転げ回る。誰も励まそうとはしない。誰も助けようとはしない。
苦しみに溺れていくのをただ見つめている悪魔達。そうして、女の命が尽きようとすることを示した悲痛な叫びが上がる。
地獄で聞いた恐ろしい悲鳴とよく似ている。僕も含め誰もが息を飲んだ。尋常ではない叫びに、エレムスクも氷った。
女の腹から黒くて長い爪が飛び出していた。爪が女の体を引き裂き、黒い血がベッドを染め上げていく。何て光景だ。地獄でも、これほどの光景は見られない。
女はうめき、なお爪は母である女の体をほじくり回す。女が哀れに見えてくる。エレムスクはどう見ていたのか? 笑みをたたえている。最期に女は、自身の腹から逃れようとのけ反るが、静かに動かなくなった。
何て酷い出来事なのだろう。悪魔にかかれば、めでたい出来事も、こうもあっさり不幸になるのだ。動かない体からは、黒い血糊が溢れている。そこにうごめくものがあった。
これで終わりと思い込んでいた。惨事は始まりにすぎない。これが出産であることを、あまりのおぞましさに忘れていた。中のものが死んでくれていたらよかったのに!
腸が飛び出して見るに堪えなくなった女の腹に、視線が吸い寄せられる。裂かれた腹の肉と肉の間に、まだ目も開けていない赤ん坊がいる。
黒い血にまみれて。鼻をひくつかせて、重たい頭を血の臭いのする肉の塊にこすりつける。赤ん坊が笑い出した。
聞きたくない。この撫でられるような笑いは堪えられない。赤ん坊がなぜ歓喜しているのか分かる。勝利、快感、嘲笑、発せられたこれらが押し寄せてくる。
「さすが俺の息子だ。他の奴らとやることが違う」
エレムスクが指で赤ん坊を持ち上げる。悪魔達は誰も口を開こうとしない。そこで、キースが問う。
「名前はもうお考えで?」
「こいつ自身が決めたようだ」
悪魔達もどういうことか分かっていないようだ。
「以前から名前は考えていたが、今日までこの女と意見が食い違っていたのだ。しかしこの女は死んだ。息子の爪でな。息子は俺を選んだようだ」
そんな理由であの女は殺されたのか! 何て理不尽な。
「で、お名前は?」
エレムスクが高く赤ん坊を掲げる。
「ジークだ」
あの顔はそうだ。まだ髪も生えていないが、悪魔達を見下ろし、我が物顔で笑っているのはジークだ。これが二人目の魔王の息子の誕生。この日から悪夢が始まるのか。