100.鏡使い

文字数 2,538文字

 重い息づかいが荒くなるロディ。でも、足音は静かだ。確かに重い身体が動いた重圧感はあるのに、すり足でもないのに。


 それが突進してくる。トカゲのような四肢が、一直線に踏み倒すとでもいうように。足に踏まれないようにジャンプで後ろに下がっていく。


 その足が巨大な蹴りを放つ。ひらりと横に舞ってかわす。足は壁を粉々に破壊した。今の一撃で大広間の真ん中まで亀裂が走った。おまけに飛んでくる破片も巨大だ。


 破片を難なく足場代わりにしてリズムよく飛ぶ。ロディの頭の高さまで到達する。紋章入りコインを三枚投げつける。


 コインは雷を帯びているものの、片手で払われた。だが問題ない。今のは、様子見だ。このぐらいの大きさならもっと大きい雷を起こす必要がある。


 「攻撃方法は他の魔物と変わらないんだな」

 兄弟喧嘩だと思えば少しの挑発もお愛嬌だ。


 今度は拳を撃ち込んでくる。これもジャンプし体重移動でよけた。また壁に穴が開く。腕が半分のめり込んでいるようだが、それもすぐに引き抜いて追いかけてくる。



 挑発に乗ってきた。気づけば床は穴だらけで、大広間の原型を留めていない。砕かれた床の上に着地する。疲れてくれたか?


 「よく動くんだ。これならどう? 悪魔魔術、岩槍(ストーンスピアー)


 疲れが見えるどころか悪魔魔術が来る! 


 それも二人で同じ術を。前から、ロディの蹴りで飛散した柱が、鋭く光って飛んで来て、後ろは、メアリがナイフを床に刺すと、床が盛り上がって、鋭い槍に変えていく。


 悪魔魔術が同じ? 悪魔は仲が悪い生き物だから、よほど息が合っていないとできない連携技だろう。


 「僕は四大政師になったんだ。悪いけどお兄さんより年下の時にね。魔術ぐらいできるよ」


 「んじゃ、そろそろ反撃するか。雷神行使!」


 雷を全身から放出する。どんな槍も、電圧で弾き返す。小さいメアリが力負けして、弾き飛ぶ。ロディも押されはじめている。ここで雷を一つの太い柱にする。ロディを飲み込み、牢のある隅まで押しやった。


 一番大きな穴が開いた。ロディの身体でできた穴だ。垂れた尻尾だけが戦塵の向こうに確認できる。


 「どこ狙ってるの?」

 (何!)


 ロディの尾に打ち飛ばされた。棘の部分はよけたが、ふいを食らったので受身が取れない。反対の牢の所まで飛ばされ、頭が割れるような痛みがする。そのせいかもしれないが、ロディが二人いると思った。穴の開いた牢の中と、外に立って笑っている。



 頭を打ったせいではない。はっきりと見える。牢の中に倒れているのは薄い皮のようだ。


 「よく見ないと。これは抜け殻なんだ。僕はキツネであり、魔物であり、悪魔にも化けるけど、竜なんだ。脱皮ぐらいできるよ」



 脱皮する魔物がいたとは。それもロディは一瞬でやってのけた。まだ何か秘めているかもしれない。警戒して、距離を開けると、後ろにメアリがいて様子がおかしいことに気づいた。


 「聞いたことないのあんた? 彼が何を司る四大政師か」


 人形の身体は、破れて中の綿が飛び出し、目も半分取れている。それなのに喜んでいる。その身体から銀色の光る破片が飛び交った。


 腕で前を塞ぐ。腕に痛みが、足に痛みが走る。斬られている。鋭い刃物が出てきたのか? 青い松明を反射して、ロディの元へ飛んでいく。それらをまとって、ロディの肌はキラキラと輝いた。全身が鏡だ。



 「銀、青バラのロミオと呼ばれる由縁はね、銀は鏡を表しているのよ」



 人形は崩れ去り、周りを取り囲む鏡になった。


 「一度失ったあたしの命と魔力の全てをロディのものに」


 鏡がさらに伸び広がる。天井を覆い隠し、丸い球体になっていく。メアリは声だけの存在になった。


 チャスはなんとも複雑な気分になった。

 「大げさな準備だな。せっかく人形の姿で生きていられたのに」

 鏡の球体に自らも収まったロディが悲しげに笑う。


 「それもこれもジークのため。ここをお兄さんに生きて出られたら、僕が殺されるからね」


 憤りで耳まで震えた。何としても弟を救うと誓う。同情からではない。この呪われた運命の弟を、幸せにしてやりたいからだ。


 「ジークから離れるんだ。俺が手伝ってやる」


 ふさふさの毛を身震いさせてロディが笑い飛ばす。

 「無理無理無理。まず、僕に勝ってみせてよ!」


 愚かにも、ロディは鏡の床に拳を下ろした。この破壊力で攻撃しては、破片が球体全体に広がる。


 「林雷(りんらい)


 雷が生い茂る林をイメージし、縦に幾千も昇る雷を放つ。鏡の破片をそれで相殺する。それでも腕や肩、足まで破片が突き刺さる。

 「何て無茶するんだ」


 一方のロディも分厚い皮膚に守られているものの、毛や、腕に痛々しく鏡が刺さっている。太い二の腕を眺め、それから傷口に唇を当てている。極細のひげから緑の血が滴っている。


 「美味しいよ、お兄さん。この苦痛。僕だけじゃなくお兄さんにも味わって欲しい。生まれながらにして破滅しかたどれない僕の不運を、共に味わってよ」


 ロディがこれほどおかしくなっているとは思っていなかった。存在さえ忘れようとした自分が許せない。


 「頼む。大人しく気絶してくれ」


 コインを数枚飛ばすだけで、球体は爆弾状態だ。身を隠すには持ってこいだが、体に突き刺さる破片は防げない。両腕でロディが破片から体をかばうが、幾十も血が吹き上がる。



 「照雷天(しょうらいてん)!」



 竜のごとく舞い上がった雷が高熱を発し、鏡も焼け焦げる。しかし鏡の反射で目も開けられない。何て厄介な鏡だ。


 勿論ロディも目をつぶっているが、それだけでは済まない。あの分厚い甲羅のような肌も焼け焦げる。ついに、あの巨体が倒れる。


 鏡が水しぶきのように砕け散る。鏡を攻撃すれば、その破片は自分にもロディにも刺さる。どちらかが死ぬときは道連れだとでっも言うのか。鏡はツララのように降ってきた。


 「ぐあああああ!」

 耳の先から首元、肩、腹から腰にかけて、刺さった。太ももから噴出す血が足首のガラスの上に落ちる。


 「また一つ体が駄目になったわね」


 メアリの声が無情にも響く。それはこちらに語りかけているのではない。チャスと同じく鏡の破片でずたずたにされたロディの皮下から、水色の尻尾が覗く。


 「まだ、動くのか」

 貧血で意識がもうろうとする。戦いが長引くのは危険だ。
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