150.影流
文字数 1,455文字
渦から始まった道は、青い足元しか見えない。光なのか、闇なのか。しいて言えば、一色でできている虹だろう。筋の上を歩くと、その何倍もの速さで虹が足を運んでいく。
飛躍的に視界が開けた。闇の空間にぽっかりと穴が開き、そこへ飛び降りる。凍える部屋の冷気がさっきより増している。両肩を震わせながら、アグルがグッデを引きずっているのが見えた。
「初対面のそいつを守るのか?」
レイドはジークの足元に転がっている。片腕が折られていて、意識がない。
「ま、守るもん! 誰かが死ぬの嫌だもん!」
「じゃあ、お前が死ぬか?」
泣きじゃくる小さな頭をしゃがんだジークが撫でる。
「やめろ」
尖った耳が反応し、優しい兄を装った瞳が立てに割れる。僕の塞がった傷跡を見、後ろで僕を運んできた黒い穴の空間が閉じたのを見る。
「バロピエロが助けたのか」
ジークが凄みのある声を出すなんて初めてだ。うなり声にも聞き取れた。二人、ディスを入れるなら三人で交渉したことを今になって知ったようだ。
「取引だよ」
真剣に言った直後、ジークはせせら笑う。
「あいつだけ許す気になったのか? できるはずないよな。今も無意識に腹の底に閉まってるだけだろう? 許すふりをせずにはいられなかってわけだ。哀れだな。死んでも死にきれなかったのか?」
「どうとでも言え。お前を倒しに戻ってきたんだ」
「ハッハッハ。また殺されに来たか。よーしいいだろ。来いよ。このガキの頭を握りつぶしても構わないんならな」
アグルの瞳が恐怖で揺れている。その小さなまぶたが数回しばたく。
「バレお兄ちゃん! ジークを倒して」
涙をこぼしながらではあるが、とても幼い子供の発言ではないと思えた。レイドが連れているだけあって、とても勇敢だ。
分かってる。その思いはきちんと受け止めるつもりだ。
「下手に動くとこいつも死ぬぜ。グッデの二の舞だ。オレはお前がどういう性分が知りつくしてる。一歩も動けず、死の瞬間まで地獄のような耐え難い仕打ちを受ける。ディグズリー、あいつの喉に噛みつけ」
ジークの肩から白いコウモリが飛び立つ。今までと何かが違う。
「お前の牙の毒で、その哀れな死に損ないを死に誘ってやれ。じわじわとな」
目で追うのも困難だったコウモリのスピードに視力がついていく。羽のはばたきまでしっかり見える。大きく口が開き、毒牙から毒液が滴っているのが分かると、素早く爪を突き出した。
甲高いディグズリーの鳴き声が、短く途切れた。白い体毛が風で数本飛んでいく。串刺しになった胴を払い捨てると、黒い血が飛び散る。
いける。勝てる。
「悪魔魔術、影流 」
どこかで聞いたことのあるような単語が口を飛び出した。自分が今しゃべったとは思えないが、声は自分のものだ。体の中からみなぎる力が流れ出す。肌が薄黒くなる。
空気と液体の中間になったような気分だ。思う方向、ジークのところへ、体が流れ着く。ジークの動きが鈍い。今ならアグルを助けられる。黒い液状になった腕でアグルを抱え、グッデを背中に乗せ、レイドも足で挟んで流れる。完全に波になった。
ジークから離れたところで、三人を降ろすと、体が輪郭を取り戻した。ちょっとした奇跡を体感したような心地だ。
「ディス」
僕がつぶやくより先にジークの口からそう零れ落ちた。ジークが衝撃に打たれている。
わずかに歪んだ唇が、僕ではなく、中に眠っているディスに、あれこれ怒りをぶつける言葉を探し、痙攣 している。あまり怒りを表情に出さないだけあって、醜く渋い顔になる。
飛躍的に視界が開けた。闇の空間にぽっかりと穴が開き、そこへ飛び降りる。凍える部屋の冷気がさっきより増している。両肩を震わせながら、アグルがグッデを引きずっているのが見えた。
「初対面のそいつを守るのか?」
レイドはジークの足元に転がっている。片腕が折られていて、意識がない。
「ま、守るもん! 誰かが死ぬの嫌だもん!」
「じゃあ、お前が死ぬか?」
泣きじゃくる小さな頭をしゃがんだジークが撫でる。
「やめろ」
尖った耳が反応し、優しい兄を装った瞳が立てに割れる。僕の塞がった傷跡を見、後ろで僕を運んできた黒い穴の空間が閉じたのを見る。
「バロピエロが助けたのか」
ジークが凄みのある声を出すなんて初めてだ。うなり声にも聞き取れた。二人、ディスを入れるなら三人で交渉したことを今になって知ったようだ。
「取引だよ」
真剣に言った直後、ジークはせせら笑う。
「あいつだけ許す気になったのか? できるはずないよな。今も無意識に腹の底に閉まってるだけだろう? 許すふりをせずにはいられなかってわけだ。哀れだな。死んでも死にきれなかったのか?」
「どうとでも言え。お前を倒しに戻ってきたんだ」
「ハッハッハ。また殺されに来たか。よーしいいだろ。来いよ。このガキの頭を握りつぶしても構わないんならな」
アグルの瞳が恐怖で揺れている。その小さなまぶたが数回しばたく。
「バレお兄ちゃん! ジークを倒して」
涙をこぼしながらではあるが、とても幼い子供の発言ではないと思えた。レイドが連れているだけあって、とても勇敢だ。
分かってる。その思いはきちんと受け止めるつもりだ。
「下手に動くとこいつも死ぬぜ。グッデの二の舞だ。オレはお前がどういう性分が知りつくしてる。一歩も動けず、死の瞬間まで地獄のような耐え難い仕打ちを受ける。ディグズリー、あいつの喉に噛みつけ」
ジークの肩から白いコウモリが飛び立つ。今までと何かが違う。
「お前の牙の毒で、その哀れな死に損ないを死に誘ってやれ。じわじわとな」
目で追うのも困難だったコウモリのスピードに視力がついていく。羽のはばたきまでしっかり見える。大きく口が開き、毒牙から毒液が滴っているのが分かると、素早く爪を突き出した。
甲高いディグズリーの鳴き声が、短く途切れた。白い体毛が風で数本飛んでいく。串刺しになった胴を払い捨てると、黒い血が飛び散る。
いける。勝てる。
「悪魔魔術、
どこかで聞いたことのあるような単語が口を飛び出した。自分が今しゃべったとは思えないが、声は自分のものだ。体の中からみなぎる力が流れ出す。肌が薄黒くなる。
空気と液体の中間になったような気分だ。思う方向、ジークのところへ、体が流れ着く。ジークの動きが鈍い。今ならアグルを助けられる。黒い液状になった腕でアグルを抱え、グッデを背中に乗せ、レイドも足で挟んで流れる。完全に波になった。
ジークから離れたところで、三人を降ろすと、体が輪郭を取り戻した。ちょっとした奇跡を体感したような心地だ。
「ディス」
僕がつぶやくより先にジークの口からそう零れ落ちた。ジークが衝撃に打たれている。
わずかに歪んだ唇が、僕ではなく、中に眠っているディスに、あれこれ怒りをぶつける言葉を探し、