90.ライブ開幕
文字数 2,740文字
赤、緑、青。ピンクにオレンジといったライトが、街の郊外の洞窟内を照らし出す。外まで溢れる人の波の中央には、金属のジャングルとも言える複雑なステージセットがある。
Satan’s Blood DEAD LIVE in ROSEN BARON
それがライブの名だ。高々と吊り下げられた赤いネオンが、死のライブが始まろうとしていることを告げている。
「ジークってこんなに人気なのか? 身動きできないぞ!」
チャスフィンスキーが悪魔達の間に挟まれて、早くも怪しまれている。
「立ち見席も空いてないみたいだな。魔界の連中が全て集まったみたいだ」
窮屈そうにオルザドークもぼやく。まだライブハウスにも入りきれていないのだ。まだ後ろにも同じ状況の悪魔や魔物が続いていて、みな首を伸ばすか、飛んだり跳ねたりしている。
「もうちょっと広い場所でやろうって考えなかったのか?」
「ここしかなかったんだろう。今までの悪魔は音楽に興味がなかった。コンサート会場もなくて当然。よく響く洞窟はライブに適していたんだろう」
ここに来ても退屈そうなオルザドークだが、さりげなく辺りをうかがっている。
「あいつはここにいるかもしれない」
「本当かシャナンス? 気配はないぞ」
待ちきれない観客の熱された興奮はピークに達した。
「ジーク! ジーク!」
本人の登場を待たず、今や会場はジークコールを叫んでいる。
「出てきたのか? まだか? どうなってんだ?」
「落ち着け。俺達が探すのはバレだ」
「だけど、見つからないぞ」
会場は一心同体と化し、ステージに吼えている。しぶい顔で、チャスフィンスキーが見回したとき、震える重低音が鳴り響いた。ファンも負けておらず、腹の底まで響く歓声を上げた。
ステージに煙が立ちこめ一切の光が失われる。次いで、騒々しい音楽が流れ始めた。ステージを色とりどりのライトが暴れる。三人の男がバック転で登場した。ライブの始まりだ。
黄色い声が声援を送る。送られたのは、金髪でポニーテールの悪魔。
「黄金の美男子にして、DJの黄金時代を築いた男! キース!」
天井から伸びているはしごに、司会役の女悪魔がぶら下がっている。続いて、吹き飛んだような赤い髪の男が、ステージのぎりぎり前まで行って、中指を上に突き上げる。本人は観客に威嚇したつもりでいるが、かえってファンは狂ったように酔いしれている。
「壊したドラムは数百個。魔界一荒々しい男ゲリー! ってどこ行くの?」
ゲリーはステージの端まで行って、客と喧嘩を始めた。客は殴られているのに、何故か喜んでいる。さらに、女達が声を揃えて男を呼んだ。黄緑色のきちんと整った髪で、悪魔にしてはさわやかな男だ。
「魔界のアイドル。ロディオ・アルラーネ。通称ロミオ様! そのしなやかなキーボードさばきは、乙女心を離しません!」
ロミオが優しく微笑むと、ステージ最前列の女達が一斉に、自ら腕を切りつけはじめた。
「ロミオ様私の血を差し上げます!」
「この女よりあたしの方が美味しいわ!」
と、血が飛び交った。
「な、何やってんだあいつら!」
チャスフィンスキーは気分が悪くなって、顔を背けた。
「ただのバカだな」
このときばかりはチャスフィンスキーも、平然と言ったオルザドークを、こいつも変人だと思った。天井から一回転して、飛び降りてきたのは、赤紫の髪の女。男性陣からも、熱狂的な声が上がる。
「サタンズブラッドの兄貴的存在ベザン! いつもクールなベースの神!」
一段と盛り上がった会場の天井からいよいよあの男が現われた。黒いベールに身を包み、天井から逆さまに眠っている様は、吸血鬼だ。
すでにファンは、酔いしれた奇声を上げている。ジークの傍の白いコウモリが飛び立ったのを合図に、ベールが滑り落ちていくと女も男もそれを拾おうとする。
夢中でジークの私物を取り合っていた集団とは別に、どよめきが起こる。天井にいたはずのジークがいない。司会者も、このことは聞いていないのか困惑している。
「どこに行ったんだ?」
「と言うより派手なパフォーマンスだな」
再び地震のような大歓声が起きた。客席に紛れてジークが立っている。ベールを脱いだ姿は、タンクトップで、両腕の刺青が露わになった。左腕の刺青は、鎖が、右腕には黒い炎が肌を覆っている。
ファンはステージに向かうジークを触ろうと押し合っている。ようやくステージにたどり着いたジークはギターを手にする。
「オレ達サタンズブラッド、久々に帰って来たぜ! 今夜は暴れまわってくれ!」
ファンが思い思いに歓喜する。それを、押さえてくれと、ジークが手で合図をする。
「ちょっと残念な話だけど、前回から入ったギターのメアリ、死んだから」
会場は少しざわついたが、意外と反応は薄い。
「いいから早く歌ってくれよ!」
「早く演奏しよう」観客と同じことをロミオが告げた。マイクを握ったジークはロミオにも見えるように微笑んだ。
「最初の曲。ライズ・ザ・デビル」
熱狂の渦だ。ギターが騒ぐ。ドラムはすでに狂っている。それはまだしも、悪魔ならではの歌詞に、チャスフィンスキーは長い耳を手で押さえた。
「どうした?」
「お前よくこんな残虐な歌、聴いてられるな」
三分から四分ある歌はチャスフィンスキーにかなりのダメージを与えた。曲がやっと終わると、
「あいつら何考えてるんだ! 心臓はえぐって投げつけろって言ってる」
こんな調子で、パニックに陥っているチャスとは裏腹に、ジークらサタンズブラッドは十数曲を歌い上げる。未だに見つからないバレを心配して、会場ではリズムに乗っているふりをしながら二人は動いたが、この混雑では、遠くにいけない。
「むやみに動くな。ジークがこっちを見てる」
「どういうことだ?」
ジークがマイクに叫んでいる。視線は一度もこちらに向かない。
「こっちを見ないだろ。気づいてる証拠だ」
「気づいてて何で」
無言のオルザドークは警戒していた。チャスフィンスキーもそれを感じ取った。
「もう何かバレにしでかしたんだろう。下手に動くとあいつの命が危ない」
「嘘だろ!」
そう言われてみるとジークの歌い方は、ライブを楽しんでいるというより、喜びに酔いしれているようにも見える。
「最後に、新曲の発表だ。血祭り《ブラッドオファリング》!」
暗い曲調で始まり、徐々に高鳴っていくドラム。ジークが語りかけるようにして歌う。
人間の拷問やら、解体ショーを歌い、人間への宣戦布告といった内容や、ネクロマンサー的な死体への愛の在り方などを歌っている。人間のことは憎むべき対象ではなく、蔑むべき対象であるので慈悲の心で、なぶり殺せというような内容だ。
Satan’s Blood DEAD LIVE in ROSEN BARON
それがライブの名だ。高々と吊り下げられた赤いネオンが、死のライブが始まろうとしていることを告げている。
「ジークってこんなに人気なのか? 身動きできないぞ!」
チャスフィンスキーが悪魔達の間に挟まれて、早くも怪しまれている。
「立ち見席も空いてないみたいだな。魔界の連中が全て集まったみたいだ」
窮屈そうにオルザドークもぼやく。まだライブハウスにも入りきれていないのだ。まだ後ろにも同じ状況の悪魔や魔物が続いていて、みな首を伸ばすか、飛んだり跳ねたりしている。
「もうちょっと広い場所でやろうって考えなかったのか?」
「ここしかなかったんだろう。今までの悪魔は音楽に興味がなかった。コンサート会場もなくて当然。よく響く洞窟はライブに適していたんだろう」
ここに来ても退屈そうなオルザドークだが、さりげなく辺りをうかがっている。
「あいつはここにいるかもしれない」
「本当かシャナンス? 気配はないぞ」
待ちきれない観客の熱された興奮はピークに達した。
「ジーク! ジーク!」
本人の登場を待たず、今や会場はジークコールを叫んでいる。
「出てきたのか? まだか? どうなってんだ?」
「落ち着け。俺達が探すのはバレだ」
「だけど、見つからないぞ」
会場は一心同体と化し、ステージに吼えている。しぶい顔で、チャスフィンスキーが見回したとき、震える重低音が鳴り響いた。ファンも負けておらず、腹の底まで響く歓声を上げた。
ステージに煙が立ちこめ一切の光が失われる。次いで、騒々しい音楽が流れ始めた。ステージを色とりどりのライトが暴れる。三人の男がバック転で登場した。ライブの始まりだ。
黄色い声が声援を送る。送られたのは、金髪でポニーテールの悪魔。
「黄金の美男子にして、DJの黄金時代を築いた男! キース!」
天井から伸びているはしごに、司会役の女悪魔がぶら下がっている。続いて、吹き飛んだような赤い髪の男が、ステージのぎりぎり前まで行って、中指を上に突き上げる。本人は観客に威嚇したつもりでいるが、かえってファンは狂ったように酔いしれている。
「壊したドラムは数百個。魔界一荒々しい男ゲリー! ってどこ行くの?」
ゲリーはステージの端まで行って、客と喧嘩を始めた。客は殴られているのに、何故か喜んでいる。さらに、女達が声を揃えて男を呼んだ。黄緑色のきちんと整った髪で、悪魔にしてはさわやかな男だ。
「魔界のアイドル。ロディオ・アルラーネ。通称ロミオ様! そのしなやかなキーボードさばきは、乙女心を離しません!」
ロミオが優しく微笑むと、ステージ最前列の女達が一斉に、自ら腕を切りつけはじめた。
「ロミオ様私の血を差し上げます!」
「この女よりあたしの方が美味しいわ!」
と、血が飛び交った。
「な、何やってんだあいつら!」
チャスフィンスキーは気分が悪くなって、顔を背けた。
「ただのバカだな」
このときばかりはチャスフィンスキーも、平然と言ったオルザドークを、こいつも変人だと思った。天井から一回転して、飛び降りてきたのは、赤紫の髪の女。男性陣からも、熱狂的な声が上がる。
「サタンズブラッドの兄貴的存在ベザン! いつもクールなベースの神!」
一段と盛り上がった会場の天井からいよいよあの男が現われた。黒いベールに身を包み、天井から逆さまに眠っている様は、吸血鬼だ。
すでにファンは、酔いしれた奇声を上げている。ジークの傍の白いコウモリが飛び立ったのを合図に、ベールが滑り落ちていくと女も男もそれを拾おうとする。
夢中でジークの私物を取り合っていた集団とは別に、どよめきが起こる。天井にいたはずのジークがいない。司会者も、このことは聞いていないのか困惑している。
「どこに行ったんだ?」
「と言うより派手なパフォーマンスだな」
再び地震のような大歓声が起きた。客席に紛れてジークが立っている。ベールを脱いだ姿は、タンクトップで、両腕の刺青が露わになった。左腕の刺青は、鎖が、右腕には黒い炎が肌を覆っている。
ファンはステージに向かうジークを触ろうと押し合っている。ようやくステージにたどり着いたジークはギターを手にする。
「オレ達サタンズブラッド、久々に帰って来たぜ! 今夜は暴れまわってくれ!」
ファンが思い思いに歓喜する。それを、押さえてくれと、ジークが手で合図をする。
「ちょっと残念な話だけど、前回から入ったギターのメアリ、死んだから」
会場は少しざわついたが、意外と反応は薄い。
「いいから早く歌ってくれよ!」
「早く演奏しよう」観客と同じことをロミオが告げた。マイクを握ったジークはロミオにも見えるように微笑んだ。
「最初の曲。ライズ・ザ・デビル」
熱狂の渦だ。ギターが騒ぐ。ドラムはすでに狂っている。それはまだしも、悪魔ならではの歌詞に、チャスフィンスキーは長い耳を手で押さえた。
「どうした?」
「お前よくこんな残虐な歌、聴いてられるな」
三分から四分ある歌はチャスフィンスキーにかなりのダメージを与えた。曲がやっと終わると、
「あいつら何考えてるんだ! 心臓はえぐって投げつけろって言ってる」
こんな調子で、パニックに陥っているチャスとは裏腹に、ジークらサタンズブラッドは十数曲を歌い上げる。未だに見つからないバレを心配して、会場ではリズムに乗っているふりをしながら二人は動いたが、この混雑では、遠くにいけない。
「むやみに動くな。ジークがこっちを見てる」
「どういうことだ?」
ジークがマイクに叫んでいる。視線は一度もこちらに向かない。
「こっちを見ないだろ。気づいてる証拠だ」
「気づいてて何で」
無言のオルザドークは警戒していた。チャスフィンスキーもそれを感じ取った。
「もう何かバレにしでかしたんだろう。下手に動くとあいつの命が危ない」
「嘘だろ!」
そう言われてみるとジークの歌い方は、ライブを楽しんでいるというより、喜びに酔いしれているようにも見える。
「最後に、新曲の発表だ。血祭り《ブラッドオファリング》!」
暗い曲調で始まり、徐々に高鳴っていくドラム。ジークが語りかけるようにして歌う。
人間の拷問やら、解体ショーを歌い、人間への宣戦布告といった内容や、ネクロマンサー的な死体への愛の在り方などを歌っている。人間のことは憎むべき対象ではなく、蔑むべき対象であるので慈悲の心で、なぶり殺せというような内容だ。