74.ライブ前夜

文字数 2,685文字

 そわそわと、チャスが来るのを待っている。ただ一人オルザドークを除いては。あぐらをかいて大欠伸をするのを見ると、この人の無神経さが頭にくる。


 「誰か来たな」


 目を半分閉じていたオルザドークが言ったので驚いた。ドアに影は映っていない。

 「よく来たなシャナンス」


 窓から細い影が降りてきた。床に広がるので慌ててよけた。今度は上に伸びてきて形になった。五十代前半のずんぐりとした男だ。耳はとがり、羽もある悪魔だ。

 「おう、リデル。さっそく部屋、借りてるぞ」


 この人は悪魔と会話している。オルザドークが心配ないといったが、どこをどう見ても悪魔なのに危険ではないのか。オルザドークがリデルという男に僕の名前だけを手短に紹介した。リデルは悪魔と似ても似つかない、にこやかな顔で挨拶をした。


 「こんばんわ。魔界はどうだ? 怖いおっちゃんがいっぱいだろ?」

 面食らってしまって返事ができない。


 「ま、堅苦しいことは言わねぇ。どーんとくつろいでいけ。この倉庫は俺の土地だから。ここの部屋と隣の部屋は自由に使ってくれよ」


 「あ、ありがとうございます」

 「おうおう、やけに礼儀正しいやつだな。お前も見習えよ」

 指摘されたオルザドークがうるさいな、と唸る。


 「この部屋に来る間に見てると思うが、この倉庫の大部分はバーになってる。そこにいるやからは、危ない連中だから気をつけな」


 この男は悪魔だけど、どこか人間臭い。オルザドークの友達なのか。

 「あなたはどうしてここにいるんですか?」


 リデルの存在が魔界に合わない。生まれながらにここにいたのだろうか。ひょっとして自分と同じで、悪魔にされたのかもしれないと思った。

 「俺は魔界出身だ。何だ? 何か変か? お前と同じレッズだ」


 赤い血レッズ。その瞬間自分だけしかいなかった世界に光が差した。

 「本当に? 誰かに悪魔にされたんですか?」


 すると、オルザドークが違うと手を振る。

 「赤い血は悪魔の総人口、一パーセントも満たない確立で生まれる突然変異だ。お前と違って生まれたときからずっと血が赤い」

 リデルは首を傾げている。


 「悪魔にされた? お前そうなのか? 元人間なのか? 一体誰がそんなふざけたことを」

 「ジークだ。今回魔界に来たのは、お前にやつの居場所を聞きにきたのもある」

 それを聞いたリデルは驚くと思ったら、笑い出した。


 「そりゃいいぜ。あいつの作ったDEOとか言う組織に何度殺されかけたか。全くジーク様さまだ」


 「DEO?」


 聞こうとしたらオルザドークが聞いた。この人が知らないこともあるようだ。


 「最近できたんだが、悪魔教育組織と名乗る、赤い血ばかりを狙うやつらだ。俺も一度捕まったことがある。学校に入れられたんだが、それがまたひでえ。人間の殺し方を習ったり、一日に何十人も殺したりしないといけねえ。


 俺はやらされる前に逃げたが、やらなかったらクズ扱いされて、今頃どんな痛い目に合わされていたか。ああ、これ以上言いたくねぇ。思い出しても吐き気がする」


 リデルは一息ついた。

 「つまり、闇色(ダークカラー)だけが魔界を支配するつもりらしいな」

 「恐ろしい学校だな。お前も戦うか?」


 「いや、やめておく。足を引っ張るだけだ。あんたムヘンドクレス族は不死身だろうが、俺は違う。魔力(イーヴル)を持っているやつの攻撃は効くし、こう見えてもう七百歳だ。どんな不死身でも老いが来る。老いには勝てねえよ。その点ジークはいい。まだ十七歳だ」


 ジークは悪魔の中でも相当若いということか。その若さでこの町の悪魔に知れ渡る強者。改めて敵の大きさに気づいた。

 「お待たせ」


 チャスが無事にやってきた。しかも新たな情報を持って。

 「明日ジークが近くのライブハウスでライブをするぞ!」


 「ええ! ライブって何の」


 「あいつはサタンズブラッドっていうバンドをやってる。そのライブだ」


 ジークがバンドを組んでいる? それは趣味でやっているのだろうか? 悪魔の趣味で平和なものがあることに驚いた。趣味が自分と同じ音楽というのが少し気に食わないが。とりあえず城に攻め入る必要はなさそうだ。


 「お、チャスも元気そうだな。ライブを邪魔するのか。そりゃあいい。チャンスだな」

 話もまとまりかけていたとこへオルザドークが反対した。


 「おかしくないか。俺達がここへ来てすぐにだと? 罠だ」

 「でも、あいつが来るんだ。時間がないんです。罠でも構わない」

 「いいこと言うじゃねえか、若けえの」


 リデルもこう言ってくれたのに、オルザドークが睨んで黙らせた。

 「駄目だ。しばらく様子を見る」


 それでも、もう三日も我慢したのだ。

 「ライブの観客に紛れ込めばいけるかもしれない」


 「その手があったな!」


 チャスが誉めてくれる。これにはオルザドークも少し考えている。

 「いいだろう」


 この一言がどれだけ嬉しかったか。思わず飛び跳ねそうになる。明日の作戦を考えながら夜を迎えるのが、これほどわくわくするとは思わなかった。


 リデルに借りた二部屋に別れ、オルザドーク、僕とチャスは寝る。


 いつもより早く眠気が襲ってきた。けれど、眠れないのは変わりない。もうこの生活に慣れてしまっている。悪魔は眠らなくても死なないようだ。窓から赤い月を眺めていると、チャスが不安げに話す。


 「今日も眠れないのか。明日ジークと戦うんだもんな」

 「必ず倒すよ。グッデのために」


 グッデのことを誰かに話すと、後の言葉が続かなくなる。まだ灯りの落ちない魔界の外は、まだ悪魔達の賑わう声がする。もうここは敵の陣地の中だ。


 「悪魔の魔術を知ってるか?」


 チャスがためらいながら話しだした。

 「知ってるよ。それがどうしたの? はっきり言ってよ」


 もう何を聞いても驚かない。というより、今以上に悪い事態など考えられなかった。

 「バレ。俺はお前を元に戻してやりたいと思っている。だからこんなこと言いたくないんだけど、どうしてもジークを倒したいんなら知っておいた方がいいと思って」


 「教えて。それであいつを倒せるなら」


 チャスも覚悟を決めたようだ。


 「悪魔魔術は、一人ひとり違う。そいつにしかできない魔術なんだ。元になっている魔法はいくつかあるけど、一つとして同じ魔術にはならない。だからお前にもお前だけの魔術があると思う。嫌なら使わなくてもいいんだ。でも、もしものときには、思い出してくれ。俺の言ったことを」


 「分かった」

 そっと答えた。明日何が待ち受けているのだろう。

 「ゆっくり休めよ」


 チャスが出て行ってから心の中でチャスに聞こえるように言った。


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