76.使いたくない

文字数 1,493文字

 スキンヘッドの男は倉庫を見回している。何故あの男が今頃、追いかけてきたんだろう。幸いバーの端にいたので見えていないようだ。だが早くここを離れなければ危険だ。



 「知ってるわよ。昨日ここにいたわ。あっちの部屋に行ったのを見たわ。奥はたまに宿になってるみたいだし、今日もいるかも」


 昨日話しかけてきた、赤いドレスの女の悪魔が居場所を話している。

 「でも待って。一緒にいた魔物には手を出さないでね」


 チャスフィンスキーのことか。本人の顔が赤い。


 「裏口から逃げろ。俺達はあいつらが裏口に回らないよう、話を長引かせる」

 何の前ぶれもなく殴ってきた男に、それは無茶だと思った。チャスも大丈夫だと、裏口へと押し流す。




 「早く行け」



 言われるままに裏に飛び出した。と、そこに影が降り注いできた。この巨大な影は? 巨大な魔物が待ち構えていた。黒く大きな爪と、太い角。目は大きく鋭い眼光を放つ。首の回りの毛が逆立ち、怒りをあらわにしたような姿だ。





 人とは比べものにならないほどの大きな手が握り締められ、天に向かう。その大らかな動きからは想像もできないほど速く、拳が降ってきた。これでは、熊でもひとたまりもないに違いない。



 魔物より速く飛ぶ。そのまま転がる。砂埃が舞った。地面から重い振動が伝わってくる。一息ついている暇はない。魔物が姿を消しているではないか。まずい感じがする。上から。



 見上げると空から黒いものが降ってくる。間に合わない! 走ったつもりだが、足元が吹き飛んで体が飛ぶ。砂埃で何が何だか分からない。頭がを打ったのか、酷く重い。鈍い痛みが走る。額から赤いものが流れてくる。



 オルザドークに教わったが、魔界の全ての物質は魔力を持つという。それは、いかなる不死身をも殺す力だ。ただの石でも、転んで当たれば痛むし、血も出る。当たりどころが悪ければ、死ぬ。これらは人間界と同じ法則だ。大きな足音を立てて、魔物がにじりよって来る。


 「赤毛は捕まえたか?」


 背後からスキンヘッドの悪魔が現われた。しまった挟まれた。何故男がここにいるんだ。チャスとオルザドークはどうしたのだろう。



 「ここにいたのか。さっきは町中で突然殴って悪かった。俺はゾルスだ」

 男は握手を求めてきた。躊躇っていると、突然大声で男が本性を現す。


 「痛い目に会いたくないならこっちへ来い」


 「嫌だ」


 男が意地悪く口を歪めた。


 「俺が友好的にしてやるのは一度だけだ。お前をジークの仲間に引き渡す。力づくでな!」

 この男がジークと繋がっている? 偶然出会ったはずなのに?


 男の爪が、お前の首を貰うとばかりに伸びる。素早い突き。身をひるがえせたことに奇跡を感じる。呪文を唱えようとすると、魔物の拳がまた地面をえぐった。横に横転して回避する。



 が、男もまた横に飛び込んでいた。街灯に光る爪だけは避ける。蹴りが横なぶりに襲った。踏み止まれず転がる。堪えていた息が咳きとなって漏れる。


 「隙だらけだぜ!」


 魔物の気配を感じたときには遅かった。魔物にわしずかみにされて、大きな指で握りつぶされる。全身を捕まれている。これでは、身動きが取れない。意識も飛びそうだ。


 「大人しくしろ。そいつも短気だから、間違って握り潰すぜ」


 爪を使わないと勝てないのか。どうしても使いたくない。悪魔のように爪を振るうことなんてできない。また一線を越えてしまう気がして怖いのだ。


 スキンヘッドの男は、今にも笑い出しそうだ。



 「すぐにジークの仲間を呼んでやるからな。お前は一体どんな目に合わされるんだろうな?」

 男はポケットからコウモリを放った。闇が渦巻く空に舞い上がって行く
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