68.悪魔助け
文字数 1,505文字
「アグル逃げるぞ」
「お兄ちゃんありがとう」
何を感謝されているのか分からなかった。
「お父さんとお母さんのこと」
アグルの目にはいつの間にか涙が浮かんでいた。ずっと我慢していたのだろうか。今になって実感してしまったのだろうか。父と母がいないということに。
「どこにも行かないでね」
誰かに頼みごとをされるのは苦手だ。
「僕を一人にしないでね」
すがるような瞳に、胸が痛くなった。
「いいからさっさと走れ」
魔物はその間も容赦のないパンチを上から叩きつけてくる。地面が震え、足が上に跳ねそうになる。ときどき後ろを振り返ると、地面に無数の大きな穴があった。魔物は空腹なのか大口を開けて突進してきた。体当たりされ、吹っ飛んだ。三回転ぐらいして、どさっと落ちた。当たりどころが悪かった。意識がもうろうとする。
「お兄ちゃん!」
魔物は低く唸り、アグルにも鋭い爪を振り上げた。薄れいく意識の中でアグルの鮮血が飛び散るのが見えた。魔物はアグルを摘み上げて口を開ける。食べる気か。
あちこち痛む体を無理やり起こす。十字架の剣を一心不乱に振るった。魔物はこちらに気づいたが、構わずアグルを口にしようとする。
「放せ」
足の肉を叩き切る。魔物は姿勢を崩す。その隙にアグルを奪い返す。しかし恐るべき早さで、魔物の傷が合わさって塞がっていく。
「スキンヘッドを殺さないとこいつも死なない。だから逃げたのかあいつら」
アグルが危なくなっていた。目はうっすら開いているが、反応が薄い。自分もあまり動けるとは言えないが、アグルを背負って走った。今は逃げるしかない。
魔物は執拗に追ってくる。地面にはもう何十という穴がありそうだ。どこまでも荒野では身を隠す場所もない。走るペースはどんどん落ちてくる。額から汗が滝のように流れていく。まずい。いつ追いつかれてもおかしくないな。
もう力も尽きようとしていたとき、橋にさしかかった。足元が熱く燃え上がっている。これはまるで救いか。しかし橋の下を見て愕然とする。赤くうねる溶岩だ。しかもこの橋は木とロープだけでできた単純かつ頼りないものだった。
迷っている暇はない。魔物が爪で斬りかかってきたのだ。橋を駆け抜ける。下から熱風が吹きつけて、橋を揺らす。それとは別に重いものがのしかかって揺れを感じた。
「あの馬鹿魔物」
振り返ると魔物があの大きさで、橋を渡りはじめているではないか。当然重さに耐えきれなくなった橋はきしみ、ついには、ロープがちぎれた。
足が宙に浮く。必死にロープを手繰り寄せる。橋が落ちる。赤い溶岩が目に飛び込んでくる。
「ああああああああああ」
死ぬのか。熱風が顔に吹きつける。火の粉が顔にかかる。服が焼け始めて、止まった。すれすれで。
魔物が悲鳴を上げる。理性を失った魔物に、ロープを掴むという考えは浮かばなかったのだろう。そのまま炎に飲まれて沈んでいった。
「体がなくなったら不死身じゃないよな」
熱気で汗ばみながら橋の上を目指した。地上でアグルを降ろせたときには、さっきにも増して汗が噴き出してくる。ほっと一息をついた。ここまで、手こずるとは思わなかった。すぐに傷の手当をはじめる。いつもなら他人のことなど気にも留めないのだが、アグルが心配になった。
意識がなく体温が下がってきている。自分の上着を敷いてやる。思った以上に傷が深い。急がなければならないと思いつつ、心が揺らいだ。俺は悪魔の子供を助けようとしている。今まで違和感なく見ていたアグルの赤い血を見て驚いた。
(悪魔の血の色は普通、闇色 。でもこいつはバレと同じ赤い血だ)
戸惑いながらも回復魔法をかけてやっていた。
「お兄ちゃんありがとう」
何を感謝されているのか分からなかった。
「お父さんとお母さんのこと」
アグルの目にはいつの間にか涙が浮かんでいた。ずっと我慢していたのだろうか。今になって実感してしまったのだろうか。父と母がいないということに。
「どこにも行かないでね」
誰かに頼みごとをされるのは苦手だ。
「僕を一人にしないでね」
すがるような瞳に、胸が痛くなった。
「いいからさっさと走れ」
魔物はその間も容赦のないパンチを上から叩きつけてくる。地面が震え、足が上に跳ねそうになる。ときどき後ろを振り返ると、地面に無数の大きな穴があった。魔物は空腹なのか大口を開けて突進してきた。体当たりされ、吹っ飛んだ。三回転ぐらいして、どさっと落ちた。当たりどころが悪かった。意識がもうろうとする。
「お兄ちゃん!」
魔物は低く唸り、アグルにも鋭い爪を振り上げた。薄れいく意識の中でアグルの鮮血が飛び散るのが見えた。魔物はアグルを摘み上げて口を開ける。食べる気か。
あちこち痛む体を無理やり起こす。十字架の剣を一心不乱に振るった。魔物はこちらに気づいたが、構わずアグルを口にしようとする。
「放せ」
足の肉を叩き切る。魔物は姿勢を崩す。その隙にアグルを奪い返す。しかし恐るべき早さで、魔物の傷が合わさって塞がっていく。
「スキンヘッドを殺さないとこいつも死なない。だから逃げたのかあいつら」
アグルが危なくなっていた。目はうっすら開いているが、反応が薄い。自分もあまり動けるとは言えないが、アグルを背負って走った。今は逃げるしかない。
魔物は執拗に追ってくる。地面にはもう何十という穴がありそうだ。どこまでも荒野では身を隠す場所もない。走るペースはどんどん落ちてくる。額から汗が滝のように流れていく。まずい。いつ追いつかれてもおかしくないな。
もう力も尽きようとしていたとき、橋にさしかかった。足元が熱く燃え上がっている。これはまるで救いか。しかし橋の下を見て愕然とする。赤くうねる溶岩だ。しかもこの橋は木とロープだけでできた単純かつ頼りないものだった。
迷っている暇はない。魔物が爪で斬りかかってきたのだ。橋を駆け抜ける。下から熱風が吹きつけて、橋を揺らす。それとは別に重いものがのしかかって揺れを感じた。
「あの馬鹿魔物」
振り返ると魔物があの大きさで、橋を渡りはじめているではないか。当然重さに耐えきれなくなった橋はきしみ、ついには、ロープがちぎれた。
足が宙に浮く。必死にロープを手繰り寄せる。橋が落ちる。赤い溶岩が目に飛び込んでくる。
「ああああああああああ」
死ぬのか。熱風が顔に吹きつける。火の粉が顔にかかる。服が焼け始めて、止まった。すれすれで。
魔物が悲鳴を上げる。理性を失った魔物に、ロープを掴むという考えは浮かばなかったのだろう。そのまま炎に飲まれて沈んでいった。
「体がなくなったら不死身じゃないよな」
熱気で汗ばみながら橋の上を目指した。地上でアグルを降ろせたときには、さっきにも増して汗が噴き出してくる。ほっと一息をついた。ここまで、手こずるとは思わなかった。すぐに傷の手当をはじめる。いつもなら他人のことなど気にも留めないのだが、アグルが心配になった。
意識がなく体温が下がってきている。自分の上着を敷いてやる。思った以上に傷が深い。急がなければならないと思いつつ、心が揺らいだ。俺は悪魔の子供を助けようとしている。今まで違和感なく見ていたアグルの赤い血を見て驚いた。
(悪魔の血の色は普通、
戸惑いながらも回復魔法をかけてやっていた。