140.敗北

文字数 1,420文字

 ジークが僕を悪魔にしたのは無差別だったというのか? まさかそんな。納得できるはずがない。


 封印を解くために魂を入れる必要があったとして、自分が選ばれたのは何億分の一の確率だ。いや、そんな計算では計り知れない。



 「ディスとは関係ないじゃないか! 何で僕なんだ! 他にも人間はいっぱいいただろ!」


 大声で喚いたつもりだが、脱力感が漂っている。こうなることをジークは知っていたのだろう。だから、過去を嘲笑われても、悠々としていられる。最期に絶望するのは理不尽な状況の僕だからだ。


 「本気でそう思うならお前を選んで正解だったな。これでも吟味したんだぜ。条件は、必ずオレを憎み、魔界まで来るような命知らで、すぐに怒りに取りつかれる奴だ。


何より、オレだけじゃなく、他人や世界、運命まで憎む悪魔の素質が必要だ。その点、バロピエロに薬を渡し、悪魔になるのを早めたが、半年で闇に堕ちたお前は上出来だぜ。」


 それがジークの考え出したゲームの参加資格か。くだらない。全ての人間に当てはまることだ。誰だって、親を殺されたら、憎むのは当然だ。


 「オレの植えつけた憎悪から逃れられなかったってわけだ。ほんと、よくやってくれたが、これでお前の役目も終わりだな」




 紳士的でさえあった引き締まったジークの口が薄気味悪く広がる。目は喜びで細められ、眉は、優しく流れる。不覚にも、こいつが天使に見えた。青白い肌が、優しく体を包む。


 ジークにつられて、吐き出す息が白くなる。殺されるのか? 凍えて死ぬのか? 腹部に押し当てられた指から血が滲む。もう、終わりなのか。







 「待て!」



 白い髪で視界が覆われて何も見えないが、声で誰が訪れたのか分かった。顔を(うず)めて笑っていたジークは目を剥いて、振り返った。





 「誰だ? オレの至福の時を邪魔するのは?」





 「バレお兄ちゃんを放せ!」


 レイドとアグルだ。あのベザンを倒してきたのだろう。両者とも肩から足まで傷だらけだ。来てくれて助かった。レイドならグッデを助けることができるかもしれない。もう意識はほとんどない。自分が不甲斐なくやられている間に、血が流れ出してしまったのだろう。




 「グッデを」


 声は最後まで言い終えるまでに飛ぶように消されてしまった。冷たいものが体を突き抜けていく。そこから温もりが消えていく。水浴びしたみたいに、服が塗れていく。


 視界が白い髪で遮られると、息をするのが辛い。どこか別の世界へ隔離された気分だ。返り血の滴る白い髪が頬に触れる。悶えて指を伸ばすが、届かない。腹と胸に刺さっているのは、ジークの爪?



 「助けが来たからって希望を抱いてもらっちゃ困るな。お前はもう終わりなんだよ。しっかり感じろよ、痛みを」



 意識外にあった痛みが戻ってくる。息をすると血が溢れ出し、血が溢れると、胸が詰まる。それが延々と繰り返す。


 レイドが僕の名前を呼んでいる声が遠くなる。反対にひんやりした血が染みる。体から溢れている血が飛び散った。ジークの爪から解放されたが、同時に視界も暗くなる。冷たい床に体をぶつけた感覚がない。



 「あとは出血多量で死ぬだけだな? 死の足音も聞こえるだろ?」



 歪んだ笑みは、狡猾さも持ち合わせている。この問いかけは答えなど待っていない。「死ね」と、間接的に言っている。


 「あばよ」



 床が口を開けた。足に浮遊感が訪れる。見下ろしているジークの姿が遠くなって、暗闇に消えた。レイドが僕の名前を呼んだのが、最期の別れだ。
ワンクリックで応援できます。
(ログインが必要です)

登場人物紹介

登場人物はありません

ビューワー設定

文字サイズ
  • 特大
背景色
  • 生成り
  • 水色
フォント
  • 明朝
  • ゴシック
組み方向
  • 横組み
  • 縦組み