154.頭蓋骨

文字数 1,625文字

 これが、あの五メートルはあろうジークの父、先代魔王のエレムスクを倒した術。炎のように赤い鎖は留まることを知らず、床を砕いて湧いて来る。裂ける壁、地響きで更に砕ける瓦礫。



 昔年の怒りを噛み締めるようにして、ジークが崩れ行く部屋を駆ける。何百本も生えてくる鎖が追い立てる。鎖とジークの素早さは互角、量は圧倒的な差がある。さすがに軽々とよける余裕はなくなったジークだが、もう少しで鎖にかかるというとき、足先のターンでかわし、鎖同士を絡めている。



 エレムスクなら巨体ゆえに簡単に捕らえられただろう。ジークは父親より強いというのは本当らしい。


 「悪い。俺は一旦引く、今ので、魔力を消耗しすぎた、鎖はお前が操れ」


 苦々しげにディスが告げると、声が遠のいていった。ディスの疲れを感じる。毒の回りで、意識がもうろうとしはじめたことで影響したようだ。口から血が溢れてくる。



 早く倒さなければ、体がいつまで持つか分からない。全神経を鎖に集中させる。あらゆる方向からジークをねじ伏せようとする。その内の一本が足をすくった。それに続いて何十本と絡みつく。あれだけあれば、身動きどころか血も通わないぐらい窮屈だろう。ようやく優位に立てた。


 「で、次は?」


 馬鹿にしたような物言いだ。宙吊りになっているのに動揺していない。目をらんらんと輝かせ、このスリルを味わっている。そんなことがあってたまるか。これは、ディスの残した切り札なのだ。これだけじゃ足りない。きっと他にもあるはずだ。もっと強力な魔術を。



 そう願っていると、見るからに邪悪な頭蓋骨が天井から降りてきた。正確には、悪魔達が消えたり、現われたりするときのように、天上にできた黒い闇から出現した。


 まだ、この術は終わっていない。血のように赤く、五メートルはある巨大な頭部だ。人間のものではない、牙だけでも、三メートルはある。これならジークなど一飲みだ。


 「そいつにオレを食わすか? 親父の頃と何も変わってないな」


 この頭蓋骨は僕の指示に従うつもりらしい。ジークを食べようと、大きく口を開けている。


 これで勝てるというのに、背中を冷や汗が伝う。ジークから余裕を奪い取ることはできない。この後に及んで、自分が非力に思えてくる。どんなに追い込んでも、透視能力がある限り、全てを見透かされているのではないかと思えてくる。



 「効かないに決まってるだろ?」



 ジークの左腕からうごめいているのは刺青が具現化した鎖だ。赤い鎖が力負けしてちぎられた。ジークの鎖は先端が杭になって尖っていたが、鎖を斬るほど鋭いとは思わなかった。


 ジークの右腕からも火の手が上がる。まさに、黒い炎の腕だ。右腕にあった黒い炎の刺青も実体を持つことができるようだ。ますます、分が悪い。


 その炎の手が伸びていく先には、頭蓋骨。あの巨大な頭を覆って燃え上がる。骸骨の空洞の目や鼻、口から炎が溢れている。焦げ臭い臭いと、灰をまき散らす。骸骨が突風のような声で嘆く。ふいに、(こうべ)が垂れる。



 空中に浮いているものの、力つきてしまったのだ。白い頭は黒く焼け焦げてしまっている。ディスの最強の魔術でさえ、ジークは倒せないのか? 鎖を解き、着地したジークが頭蓋骨を見上げて語りかけている。小声で聞き取れない。また、何か始める気だ。




 「逃げろ。あの術が効かないんじゃ勝ち目はない。死ぬぞ!」


 自分の中で息を切らせたディスが叫んだ 信じがたい言葉だ。が、すぐその意味が分かった。顔を上げた頭蓋骨が鋭い歯を飛ばしてきた。三メートルはある大牙が、床をえぐる。壁をえぐる。後ろで悲鳴が上がる。





 「アグル!」

 無差別攻撃だ。影流(シャドウフロウ)して、アグル、レイド、グッデをさらう。だが、流れ着いた先で骸骨の犬歯に右腕の肉をもいでいかれた。


 激しい痛みで、体が痙攣(けいれん)を起こした。アグルが泣きじゃくりながら何か訴えるが、聞いている余裕がない。骸骨の歯が全部飛ばし終えて一本もなくなると、また新しい歯が生えてきた。
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