(一)

文字数 1,353文字

 翌朝、まだ夜が明けきらぬうちに、リョウは痛む頬に顔をゆがめて目を覚ました。痛みだけでなく、どこか暗い穴に落ち込んでいくような悪夢にもうなされていた。歯は折れていないので少しほっとした。
 今までは何かあっても、昨晩ほど激しく殴られたことはなかった。軍律違反というほどではないにしろ、やはり軍令に素直に従わなかったことに対して厳しく叱られたのだろうか、それとも奴隷の自分が考え、意見を言ったことがいけなかったのだろうか。
 リョウは、ネケルになって以来忘れかけていた、自分が奴隷であるということを再認識せざるを得なかった。「調子に乗ってはだめだ、じっとおとなしくしていなければ」と、リョウは気を引き締めながら、兵装を整え始めた。

 支給された古い(よろい)は、羊の革とフェルトを貼り合わせたもので、上半身と太ももを覆うようにできている。鉄の小片をつなぎ合わせた唐の武将のものよりはよほど軽くて、騎乗に適しているのだとクッシが言っていた。しかしその分、弓矢や槍を防ぐ力は弱いのだろうな、とリョウは思った。
 (かぶと)は革製で、青く着色され、雨よけのつばもついている。兜というよりは帽子に近いようなものだ。アユンの兜のてっぺんには馬の毛の飾りが付いていたが、リョウの兜に飾りはなく、この鎧兜の形と色で、敵味方や指揮官が区別できるようになっていた。
 昨日の模擬戦は、槍代わりの棒を持っての戦闘だったが、今日は、獲物をしとめるために弓を射ることが許されている。リョウは、ネケルになるための誓約式で与えられた弓を持った。リョウがかつて持っていた弓よりも短く、騎射に適したものだ。

 巻狩りが行われるのは、昨日の模擬戦と同じ草原である。昨日、リョウたちの退路を阻んだ丘陵の裾、林から草原に替わるあたりには、北の山の水が滲みだしてくる水場があり、朝には多くの動物たちが集まってくるのだという。
 未明の草原で、副隊長のドムズから、ゲイックの部隊全員に、その日の作戦が伝えられた。

――北の丘の裾に沿って、東西およそ十二里(約6km)の間に、北の山から動物を追い落とす。その役目は、北方の狩猟遊牧民であるバルタの百人隊が果たすことになっており、彼らは前日の夜から森に潜み、合図を待っている。
 残りの部隊のうち、六百騎は、山から動物が追い込まれてくる東西の丘の裾を囲むように、南側に膨らんで半円状に布陣し、袋の口を開けたようにして待ち伏せる。その半円を弓とすれば、山裾は(つる)に当たると思えばよいだろう。弓と弦を合わせた巻狩りの全周は、三十里(約15㎞)になる。
 最後の三百騎は、弦の東西の両端に指示があるまで控えて、山の動物が草原に追い込まれた時点で、山裾を東西から一気に走り、袋の口を締める。その後は、全軍で動物を追い立てながら、その袋全体を縮めていき、最後は()になって動物を取り囲み、中の動物をすべて殺すという作戦だ。
 我がゲイック・イルキンの隊は、ビュクダグの本陣がある南の丘の上に集合し、その後、指示に従って展開する。狩りが始まったら、徐々に輪を縮めていくが、最初は輪から逃げ出させないよう馬で駆り立て、弓は使わないこと。輪が縮まり、相対する味方と二里(約1km)の距離まで来たら、そこから弓で仕留めることを許すが、決して囲いの輪は崩さないこと。
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