(五)

文字数 911文字

 敵の駐屯地に先頭で突入したリョウたちアユンの百人隊は、結果として退却では最も困難な殿(しんがり)を引き受けることになってしまった。幸い、最後方に居たので、前方の敵からの遠矢による損傷は少ない方だった。リョウは、アユンとグネスに、この先に両側から岩山が迫り隘路(あいろ)となる場所があることを伝えた。そこに至る草原は上り坂になっており、自分たちの馬も上りきったところで力が尽きそうだが、重装備の敵はそれ以上に(こた)えるだろうから、そこで態勢を整えるというのが、リョウの考えだった。
 これ以上、走り続けて逃げ切るのは困難と考えたグネスも、リョウの考えに同意した。グネスは、数で勝る敵と闘うには、その岩山に取りついて上から攻めるのが得策で、そこで一度、敵の勢いを止められるのではないか、とアユンに進言した。しかし、それは時間の経過とともに岩山を敵に囲まれるということでもあり、自分たちがおとりになって仲間を逃がすということでもあった。
 アユンは若くて経験も少ない隊長だが、その判断は父親譲りで肝が()わっていた。そんなきわどい状況でも、何を優先すべきかを明確に部下たちに示した。
「この岩山で敵を止めて、時間を稼ぐ」

 これが、あの、リョウから木彫りの熊をもらって喜んでいたアユンだろうか。すっかり身体も大きくなり、まだ子供っぽい顔つきが残っているものの、毅然と決断を下すアユンの姿に、リョウは瞠目(どうもく)した。子熊から大熊に成長しつつあるのだろう。

 アユンの百人隊は、坂を上りきると岩山に取りついた。ある者は馬を降りてその手綱を引き、ある者は馬に乗ったまま駆け上り、それぞれに敵の矢を避けられる岩陰を探して陣取った。グネスが、その配置を見渡した。
「持久戦になる。矢を無駄遣いするな。敵は一気には上ってこられないから、十分に引き付けて放て、恐れるな」
 リョウは、自分の奴隷兵たちを確かめた。途中で倒されたデビのほかにカルとコユンの姿も見えなかった。最初の遠矢の攻撃でやられたのだろうか。幸い、オドンとバズは、あちこちから血を流しながらも、まだ闘志ある目をしていた。アユンを見ると、テペやクッシの兵に囲まれ、自分達の左側、やや上の方に陣取っている。ひとまず安心だった。
ワンクリックで応援できます。
(ログインが必要です)

登場人物紹介

登場人物はありません

ビューワー設定

文字サイズ
  • 特大
背景色
  • 生成り
  • 水色
フォント
  • 明朝
  • ゴシック
組み方向
  • 横組み
  • 縦組み