(四)

文字数 1,184文字

 リョウも早速、突厥の人々が出している羊の干し肉や乳製品の店、毛織物やフェルトを売る店などを見て回った。その場で肉を焼いて食べさせる店や、馬乳酒を飲ませる店もあり、良い匂いと適度な喧騒がリョウの気分を高揚させた。
 突厥では通貨というものを使わないし、唐の銅銭経済圏もここまでは及んでいない。普段は、自給自足と物々交換で足りる生活をしているが、高額になる外部との交易には、通貨の代わりに唐からもたらされる絹織物が使われ、時には大秦(東ローマ)の金貨、ササン朝ペルシアやソグドの銀貨も使われた。しかし、そこは商売に()けた商人たちのこと、祭りにはしっかり両替商も出てきており、祭りでの細かな買物は銅銭でできるようになっていた。

 ゲイック・イルキンの部族では、王爺さんや張、それにアトなど、普段から交易に出ていて(かね)勘定(かんじょう)のできる者が、銀銭を銅銭に両替し、祭りの参加者に小遣いとして分け与えていた。もっとも奴隷には与えてもらえず、リョウはただ見て歩くだけだったが、ソグド商人の子として育ち、六歳の時には長安の朝市に一人で買い物に行かされたリョウにとって、買い物気分で祭りの出店を見て回るのは、とても懐かしく、また楽しいことだった。

 ソグド商人と唐商人の店は、荷車の円陣の一角に、それぞれにまとまって開かれていた。
 唐商人の店々には、絹織物や茶、あるいは様々な生活用品に並んで、紙や墨も置かれていた。とても高価で、いったい誰がこんなものを買うのかと見ていたが、どこかの部族の立派な身なりをした者が、あっさりと巻紙を何本も買うのを見て、リョウは驚いた。きっと王爺さんと同じように、部族長の書記をしているような人なのだろう、あの一本でも手に入れられたなら、とうらやましい思いで、その男を見送った。

 ソグド商人の店々には、シメンが言っていたように、西域のきれいな色の織物や衣裳、金銀食器のほか、美しい玉、琥珀、真珠などの宝石類、様々な香料や薬品、西域の絨毯(じゅうたん)や壁掛けなど、部族長たちが欲しがるようなものが所狭しと並べられていた。それは、リョウが長安の父の邸店(ていてん)で見たようなものばかりだった。シメンは、まだ幼くて行ったことがなかったが、リョウはこれも商売の勉強とばかりに、父が旅から戻ってくると、必ず連れられて行ったものだった。

 ここに並べられる商品は高価なものばかりで、そこに寄り添うソグド商人たちは、護衛も兼ねているので、武人のようないでたちの者が多かった。それは父の姿に重なり、その父と同じソグド商人がそこここを行き来していることが、リョウの心を躍らせた。もしかしたら、父がいるのではないか、あるいは父の消息を知る人がいるのではないか。自分は奴隷なんかではなく、あの商人たちと一緒にいるべきだったのだと、奴隷生活で忘れかけていた、人としての誇りが、リョウの心の中で芽生えるのを感じていた。
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