(三)

文字数 1,067文字

 先ほどの謝罪会見では、目を伏せてばかりで下に敷かれた絨毯しか見えていなかったリョウだが、合議前のひととき、改めてビュクダグのゲルを見物させてもらうと、その華麗な装飾や備品に度肝を抜かれた。
 ゲルの内側には、赤や黄、橙などさまざまな色を巧みに織り込んだ薄くて軽やかな生地の幕が張り巡らされている。見上げると、天井は花模様に鳥をあしらった布地で覆われている。ビュクダグが座る木の椅子は、ひじ掛は蛇の彫刻で、背は高く、上部に狼や鹿が透かし彫りで彫り込まれていた。宴会の準備をしているのだろう、片隅に置かれた低い卓の上には硝子(がらす)の酒器や銀器がたくさん並べられている。同じ千人隊長でありながら、贅沢(ぜいたく)をしないゲイック・イルキンの質素なゲルを見慣れていたので、驚きもよけいに大きかった。

 ゲルを出てからも、半ば口を開けて感心しながら振り返るアユンとリョウに、アトが教えてくれた。
「われわれは、そもそも定住しないから、漢人のように立派な建物も壁も、豪華で重い家具もいらない。家畜の肉と乳製品を食べ、その毛皮やフェルトを(まと)うことで日常生活の衣食住がほとんど足りてしまう。だから、ああやって絹でゲルの内部をきれいに飾り立て、小さくて持ち運びができる金銀器、宝石類、織物、それに家畜を多く持っていることが富の象徴になるのさ」
「さっきの貢物の話だな」
 文句を言いたいような顔のアユンに、アトが言った。
「それもあるが、それだけではない。手にした品々を元手に交易もして財産を増やしている。大きな部族長になると、唐から可汗に贈られた絹の配分も受けるので、それを財に替えるために、ソグド商人をわざわざ雇っている者もいる。上になるほど、富が集まる仕組みになってるんだ」
 リョウも、先ほどの戦利品の話を思い出しながら言った。
「さっきアユンが怒ってたように、遊牧民はそもそも皆平等だと思っていましたが、そうじゃなかったんですね」
「これで感心していたら、可汗のゲルを見たら、驚いてひっくりかえってしまうぞ。何しろ、二百人も入る大きさで、幕の内も外も金糸銀糸で刺繍された豪華な錦で飾られ、内部には金銀で花模様をあしらった調度品が並べられ、さらにその向こうに純金製の可汗の椅子が置かれていて、眩しいほどだ」
「見たことがあるんですか」
「そう聞いただけさ。ただ、その可汗も殺され、新しい可汗が即位したのだ。そんなごたごたで、こちらまで戦に駆り出されては、たまらない。さあ、もうすぐ合議が始まるから、お前たちも用意しろ」
 そう言って、アトはゲイックとドムズの元に打合せに戻っていった。
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