(四)

文字数 1,521文字

 その夜、集落に戻ったゲイック・イルキンの部族では、イルキン(部族長)の巨大なゲルとその周囲で祝宴が行われた。祭りの打ち上げであり、アユンが最後の最後にカプランを抜き去り、見事に準優勝したことを祝う会でもあった。
 その夜は、祭りに参加した者にも、行けずに留守番をした者にも、そして奴隷たちにも酒や肉がふるまわれた。女たちのために、祭りで買い求めた唐の煎餅や西域の珍しい菓子なども大皿に盛られていた。
 外で料理を運んだり、かがり火の(まき)を補給したりと、手伝いをしながら食べ物を口にしていたリョウは、宴もたけなわとなった頃に、シメンと共にゲイック・イルキンのゲルに入るように呼ばれた。部族長のゲルに入るのは初めてだったが、三十人は入るだろうというその大きさと、内部に張り巡らされた見事な絹織物の豪華さに、リョウもシメンも驚きを隠せなかった。そして、呼ばれたことの意味が分からずに、不安そうにしている二人に向かって、ドムズが声をかけてきた。

 ドムズは、リョウたちから取り上げたグクルに乗っている突厥の武人で、アトと共にゲイックの補佐役だった。ドムズは何頭もの馬を持っているので、シメンが祭りの馬競争でグクルに乗れるよう、貸してくれたのだった。
「おい、リョウ。お前がグクルの世話をしているのは知っていたが、今日はそのグクルも大活躍だったと、テペやクッシから聞いたぞ。褒美に、お前たちもここで肉を食っていけ」
 ドムズという名前は(いのしし)のことだ。その名前のとおり、生まれながらの武人のように、身体も大きく、顔も(いか)ついが、優しい面もあるのだろう、ドムズが指差した皿には、ゲルの外で出されている骨付き肉よりも、ずっと柔らかそうで厚切りの肉が香ばしい匂いを発していた。テペとクッシは、今日の四歳馬の競争にアユンと一緒に参加した突厥の子たちで、大人たちに混ざってアユンと一緒にゲルの中に呼ばれていたようだった。

 アトもシメンに向かって言った。
「シメンも、リョウと一緒に、ときどきグクルの世話をしていたな。しかし、あれほど乗りこなせるとは知らなかったぞ」
 叱られるのではないとホッとしたリョウとシメンが、ゲルの入口近くでかしこまっていると、ドムズが大声で言った。
「おい、テペ、さっき俺に話していた競争の様子を、ここに集まった皆にも聞かせてやれ」

 指名されたテペが、満面の笑みで立ち上がり、身振り手振りを交えて話し始めた。テペは、もともと人前で話すのを得意としているのだろう。カプラン達との抜きつ抜かれつの様子を面白おかしく話して聞かせ、大人たちも手を打ってはやし立てたり、笑い声を上げたりしていた。
「川の手前で、カプランの手下たちが馬体を斜行させ、わざとアユンの馬にぶつけてきた。その横をカプランがすり抜けた。アユンは慌てず騒がず、邪魔する奴らを手綱の鞭でひるませると、クッシもその間に割って入って奴らの一人を落馬させた」
 沸き上がった「クッシ、クッシ」という掛け声に、クッシが立ち上がり、手をあげてゲル内の大人たちの歓声に応えた。テペが続けた。
「馬渡の川の流れに先に入ったカプランを、アユンが追う。それを追うカプランの手下の前に敢然と立ちはだかったのが、このテペ様だった」
「ほんとは川で落馬して、あまりにバタバタするんで、他の奴らが進めなくなったと聞いたぞ」
 誰かのあげた声に、苦笑いしながら頭を掻くテペの姿に、皆がドッと笑った。
「川から岩山に最初に向かっていたのは、キュクダグの真っ黒い馬だった。こいつは、本当に速かった。速さに自信があるキュクダグは、岩山を迂回する沙漠に向かった。そこでカプランもアユンも、同じ道を行っては追い付けないと、岩山の道を上ることにした」
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