(五)

文字数 1,058文字

 処罰を見届けた武将と兵士は、馬を駆って戻って行った。
 縛られた縄をほどかれ、リョウは、地面に倒れ込んだ。動こうとしても、身体が言うことをきかないし、痛みを通り越して気を失いそうだった。今起こったことは、何だったのだろう、俺は奴隷として殺されるのじゃなかったのか。そう思っているうちに、誰かに担がれ、馬の背に乗せられるようだった。そうか、一人では乗れないとわかっていて、馬を一頭少なく連れて来たのか……、そこまで考えた時に、本当に気を失ってしまった。

 夜半に、ゲイック・イルキンの隊が野宿する草原の、移動用簡易ゲルの中でリョウは気が付いた。まだ痛みで身体を動かすことはできなかったが、アユンとテペ、クッシも同じゲルで寝ているのがわかった。死ぬかもしれないと、異様な緊張感に包まれていたことを思い出し、今生きていることに、安堵のあまり力が抜けてまた意識を失いそうだった。
 ドムズは、俺をアユンの代わりに殺そうとしたのだろうか、それとも俺を救ってくれたのだろうか。ドムズの本心がわからなかった。ただ、確実に言えるのは、アユンが俺のために鞭打たれたということだった。それは、もとはと言えばアユンの失敗が原因だといっても、そんなきれいごとが通る世界ではないことを、リョウはもう十分に知っていた。へまをした主人の身代りに奴隷が殺されるというのは、ここではよくあることだ。だからこそ、アユンが自ら鞭打たれたことに、リョウは驚いていた。
 アユンは、俺を奴隷としてではなく、ネケルとして考えてくれたのだろうか。それとも、アユン自身の正義感から、罰を受けない自分を許せなかったのだろうか。そんなことを考えているうちに、また眠りに落ちた。

 翌朝、引きずるようにしてようやく身体を起こしたリョウに、先に起きていたアユンが寄ってきた。
「リョウ、大丈夫か」
「何とか動ける」
「良かった」
 アユンはリョウを見つめたが、すぐに目をそらし、ためらうように、そしてはにかむように言った。
「リョウが俺の代わりに鞭打たれるのは、自分が打たれるより(つら)かった」
 そう短い言葉を残すと、サッとゲルの外に出て行った。
 アユンは、俺のために鞭を受けたのか……。アユンの言葉をかみしめ、リョウは思わず涙ぐんた。

 リョウがなんとかゲルの外に出て出発の準備をしていると、ドムズが近づいてきた。
「大きな戦を前に、貴重な戦力の奴隷を訓練では殺さない。本番で死んでもらうために、お前は居る」
 わざわざ言わなくてもよさそうな憎まれ口を聞かされても、リョウの心は晴れ晴れとしていた。
ワンクリックで応援できます。
(ログインが必要です)

登場人物紹介

登場人物はありません

ビューワー設定

文字サイズ
  • 特大
背景色
  • 生成り
  • 水色
フォント
  • 明朝
  • ゴシック
組み方向
  • 横組み
  • 縦組み