(一)

文字数 1,056文字

 そんな話をしてから何日もしないうちに、ゲイック配下の村落の一つが、謎の軍勢に襲われた。ゲルが数個焼き払われ、死人も出たし、馬も奪われたが、被害はさほど大きくなく、どちらかというと、脅し、撹乱することが目的ではないかと思われた。
 目撃者の話では、漢人の奴隷が襲撃者に話しかけていたということで、(おう)忠嗣(ちゅうし)配下の漢人部隊が、所属を隠して襲ったものと思われた。ちなみに、その奴隷は謎の部隊と共に逃走したということだった。
 それを聞いたときリョウは、自分の顔色が変わったことを、周りの人間に気付かれなかったかと心配した。漢人奴隷にとっては、漢人の襲撃者は敵ではないという、当たり前のことに今さらながら思い当たったのだ。そうであれば、唐軍と戦うことになれば、自分は、そして他の漢人奴隷たちはどうしたら良いのか。リョウは、自分が、少なくとも漢人との戦闘では、前線の戦闘要員に入れられないことを祈った。

 それから数日後、ゲイックの一族に、古参兵と若手を合わせて四百騎を出動させるよう、指令がもたらされた。
 今度の戦は、最近、非道な振る舞いが目立つ王忠嗣の別動隊を攻撃して、併せてウイグル族との連携をつぶすことが目的だと説明された。その役割は、唐に近い南寄りを支配するビュクダグに任された。
 黄河の北に陣を張る王忠嗣の別動隊は、歩兵が中心の二千人ほどの規模だという報告が、クルト・イルキンの斥候からなされた。軍議では、相手が歩兵なら騎馬の突厥(とっくつ)軍が七百騎で急襲すれば、難なく追い払うことができるだろうとの見立てだった。このためビュクダグは、森の戦いに強い狩猟騎馬民族であるバルタ隊から百騎、ビュクダグ、クルト・イルキン、ゲイック・イルキンの部隊からそれぞれ二百騎を出し、奇襲部隊を組成した。奇襲部隊全体の指揮は、クルト・イルキンの副官ブルトがとることになった。また、念のためその背後に、残りの千騎を待機させることにし、そちらの指揮はビュクダグの副官ティルキがとることになった。

 アユンも、軍事演習の時から行動を共にしている若手の兵士五十人に、ドムズ配下の古参兵五十人を加えた百人隊の隊長として参戦することになり、奇襲部隊の一角を担うことになった。
 若手の兵士は、リョウ、テペ、クッシなど、アユンの五人のネケルが、それぞれ十人の小隊を率いており、リョウの配下には、オドンをはじめ普段は奴隷仕事をしている奴隷兵士が所属している。古参兵を率いているのは、ドムズの腹心のグネスで、アユンを補佐し、実質上は、ゲイック隊二百人の指揮官であった。
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