(一)

文字数 1,255文字

 夏も終わりかけ、風を冷たく感じ始めた日の夕刻、今まで見たことの無いソグド人の隊商(キャラバン)が集落に立ち寄った。荷馬車が五台と車夫のほか、馬に乗った護衛の武人が数名いた。食料にするのか、売り物なのかはわからないが、ラクダや羊などの家畜も引き連れている。
 リョウは、交易に同行して磨いてきたソグド語の練習とばかりに、隊長らしき武人の一人に近づいた。その武人は、突厥(とっくつ)語でリョウに尋ねた。
「部族長はどこにいるかな」
 リョウが、ソグド語で応えた。
「ここに来るのは、初めてですよね。皆さんはどこから来たのですか」
「おや、お前はソグド語ができるのか?私は、隊長の(こう)佇維(ちょい)というものだ。ソグディアナから長安に行く途中だ」
 ソグディアナという地名と、父と同じ「康」という漢姓に、リョウはドキリとした。
「実は、予定していた北の経路が少しきな臭くなったので、今回は南の道を使うことにした。われわれは、突厥の通行証を持っている。今晩、この近くで滞在できるよう、部族長に話してくれ」
「承知しました。ここには何日ほど?」
「目的地は長安だが、モノの売り買いで寄り道しながら旅している。もし、この辺で商売をさせてもらえるなら、数日居ようかと思う。売るものがあれば譲ってくれるように、部族長に話してもらえるかな。もちろん、われわれの商品で気に入ったものがあれば譲るということも忘れずに」
「それならちょうど私が通訳ですので、交易の責任者を紹介します」

 リョウを若い下人と思っていたのか、少し威圧的だった態度が、通訳と聞いて和らいだ。
「そうか、ソグド語を話すと思ったら、お主が通訳か。それは失礼した。それにしてもお主の顔は、突厥人か漢人のように見える。ソグド語はどこで習ったのかな」
 リョウは、「父はソグディアナの(こう)憶嶺(おくれい)だ」と言いたくなる気持ちを必死でこらえた。父は、もしかしたらソグド人の商人仲間に騙されたのかもしれない。安心はできなかった。
「ハハハ、それはまたあとで、ゆっくり話しましょう。まずは、滞在の許可をもらってきますので、落ち着いたらいろいろ旅の話を聞かせてください」

 そう言って、リョウは交易の責任者であるアトの元に走った。
「ソグディアナからの隊商が滞在の許可を求めています。北周りをやめてこっちに来たということで、この近辺で商売もしたいと言ってます」
「おう、そうか。巻狩りの獲物の毛皮や干し肉がたっぷりあるから、ちょうどよかった。それにソグディアナから直接来た隊商なら、珍しいものも持ってるだろう。普段は、北の奴らに届けているんだろうから、明日にでもゆっくり拝ませてもらうと言っておいてくれ。お前は、そいつらの世話をしてやれ。大事な仕事も忘れるなよ」

 アトの言う「大事な仕事」というのは、情報収集のことだった。リョウは、取って返すと、隊商を水飲み場近くの草原に連れて行き、そこに移動用の簡易ゲルを建てるのを手伝った。
「さっき言っていた旅の話ですが、後で聞かせてもらえますか」
「承知した。夕食のあとにでも、私たちのゲルに来てくれ」
ワンクリックで応援できます。
(ログインが必要です)

登場人物紹介

登場人物はありません

ビューワー設定

文字サイズ
  • 特大
背景色
  • 生成り
  • 水色
フォント
  • 明朝
  • ゴシック
組み方向
  • 横組み
  • 縦組み