(七)

文字数 1,721文字

 それは、祝勝会というには奇妙なものだった。
 集合場所まで、なんとか帰陣した全軍は、まず連れ戻った死者を、少し離れた丘の上の草むらに葬った。頭大の石を丸く並べ、その中に死者を横たえ、呪術師(じゅじゅつし)が祈りの言葉を捧げる。こうすることで、死者の身体から魂が抜け、霊は迷わずにすむのだ。連れ帰って来られずに戦場に野晒(のざらし)にされた霊のためにも、祈りの言葉が捧げられた。

 その後、あらかじめ用意してあった酒と肉がふるまわれた。しかし、敵が敗走したとはいえ、それはなんとか追い返したというだけで、戦果は何もなかった。戦勝なら得られるはずの敵の武器も、馬も、奴隷も何一つなく、参陣した将をねぎらうための褒美も、あらかじめ用意されたわずかの金銀器が百人隊長に渡されただけだ。兵士たちには、「今回は危急の集合であったので、後日、追って沙汰する」とだけ伝えられた。それに、褒賞どころか、多くの仲間の兵士を失っていた。

 そんな状況でも、奇襲部隊の隊長を任されたクルト・イルキンの副官ブルトは、自分は戦勝の軍を指揮した功労者であると、厚かましくも褒賞の積み増しをビュクダグに迫った。
「怖くなって、真っ先に逃げ帰ったのではないか」
 ブルトとは同格のドムズが、グネスたちからの報告に基づき詰問したが、ブルトはそんなことは()でもないと言わんばかりの顔で見返した。
「わしが敵の罠に気付いて引き返させたから、敵の伏兵をかわすことができたのだ。伏兵に備えてバルタ隊をあらかじめ背後に迂回させたのも、危険を察知して援軍を呼んだのも、わしが許可したからこそできたのだ。もし、そうでなければ、軍規違反になろう」

 事実を捻じ曲げて、自分の都合の良いように(あと)解釈するのは、クルト・イルキンのいつものやり方で、その副官のブルトも同じ穴の(むじな)だった。ああ言えば、こう言うという、口先だけは達者な男で、そんな奴とまともにやりあうことが面倒なラコンやグネスは、自分の主人には事実を報告したものの、公の場での異議は唱えなかった。
 しかし、ゲイック・イルキンだけは、違った。息子のアユンが、危うく命を失いかねない状況に追い込まれたことに激怒し、ブルトには褒賞どころか罰を下すべきだと主張した。
 しかし、ブルトを敗戦の将として罰すれば、それは最高指揮官としての自分の敗戦にもなるビュクダグはそれを認めず、あいまいな勝利のまま終わらせようとした。

 ゲイックとすれば、敵は歩兵が中心で、奇襲すれば楽勝だとの見込みをクルト・イルキンが語ったからこそ、アユンの初陣にふさわしいと送り出したのであって、話が違うと食い下がった。するとブルトは、そこに居たアユンとリョウの顔を交互に見渡した。
「アユン、我々は、お前のネケルのリョウの罠にかかったのだ。リョウが我々の攻撃を敵に知らせたから、敵が待ち伏せしたのだ。証人はネヒシュだ」
「リョウが裏切っていないことは、ティルキの斥候のカヤが証言したではないか」
「カヤは、敵陣で縛られているときには、大怪我で気を失っていた。それにカヤは漢語も理解できないのだ。リョウが、何を話したのか、わかるはずがない」
「何を言ってる。援軍を呼ぶべきだと言ったのもリョウだし、バルタ隊に敵の背後を()くための迂廻路を教えたのもリョウだ。それには、何人もの証人がいる」
「では、教えてもらおう。厳重に縛られて監視下に置かれていたはずのリョウが、なぜ、怪我人のカヤを連れて、敵陣からうまく逃げだすことができたのだ。それこそ、リョウが裏切ったことの決定的な証拠だ」

 ブルトの指摘に、アユンは一瞬、言葉に詰まってリョウの顔を見た。
「リョウはつかまった時に、見つからないように衣服の隙間に小刀を隠していたんだ。そうだったな、リョウ」
 助け舟を出したのは、グネスだった。
「そのとおりです。父からもらった西域の小刀は、いつも肌身離さず持っています。それで縄を切り脱出しました」
 リョウも、さりげなく合わせた。

 うまく話をそらされてしまったゲイックは、怒りの矛先をクルト・イルキンが戦前に送った斥候の責任に持っていこうとしたが、まずは祝杯をというビュクダグの声と乾杯の声にかき消され、その後はもう取り上げられることはなかった。
ワンクリックで応援できます。
(ログインが必要です)

登場人物紹介

登場人物はありません

ビューワー設定

文字サイズ
  • 特大
背景色
  • 生成り
  • 水色
フォント
  • 明朝
  • ゴシック
組み方向
  • 横組み
  • 縦組み