(二)

文字数 983文字

 ドムズの作戦説明の後に、ゲイック・イルキンが皆に向かって大きな声をあげた。
「大狩猟の目的は、軍事演習と狩りの両方だ。今日は名誉ある右翼を任されている。指揮に従って整然と動き、大きな獲物を持ち帰って、夜は祝杯をあげるぞ」
 全員が「オウ」っと応える声が収まると、ゲイックは、経験の少ない若者たち、つまりはアユンやリョウたちの方を見ながら、ニヤリと笑ってこう付け足した。
「鹿(ゲイック)も猪(ドムズ)も現れるだろうが、驚いて腰を抜かすな!」
 その言葉に、古手の兵士たちはドッと笑ったが、若者たちの間には期待と緊張が走った。

 ゲイック・イルキンの一族が暮らすのは、突厥(とっくつ)の中では唐に近い南寄りで、そこでも軍事訓練や食料補給のために巻狩りはときどき行っていた。しかし、普段の巻狩りは、せいぜい数十頭の馬で一里四方ほどの草原を囲んで行うものだ。しかし今日は、軍事演習も兼ねた大狩猟と呼ばれるもので、千頭もの馬で周囲が三十里にもなる草地を囲み、中の動物たちを狩り立てるのだ。
 しかも、南の草原にいる動物といえば、野兎や狐、アナグマ、黄鼠(りす)などで、リョウには大きな動物を獲物とする巻狩りの経験はなかった。それはアユンやアユン配下の若者たちも同じだった。
 北方でも、草原に住む動物は南とあまり変わりないのだが、今回の大狩猟は、わざわざ北の山に接するところまで来ての演習で、しかも北の丘陵地帯を根城にする狩猟遊牧民からなる部隊が、森から動物を追い出す役割を受け持っている。鹿も猪も出るというが、それを狩るというのは、いったいどういうことになるのか、思わず弓を持つ手に力が入った。

 しかし、近づいてきたドムズがリョウのその弓を取り上げた。
「これは置いていけ、今日は弓を射る必要はない。代わりにこれを持て」
 そう言って渡されたのは、槍のようだったが、穂先の刃は短く、代わりに十字形に交差して横向きの刃がついている。しかもその横向きの刃の一方は、さらに下に曲がった鉄鉤(てつかぎ)になっていた。
「これを持ってアユンたちの後ろを走り、その鉄鉤で仕留めた獲物を集めるのだ」
――昨日のことがあったからだろうか
と、リョウは悔しさに顔がこわばった。しかし、
――いやいや、俺は奴隷だ。おとなしく従うんだ
と、今朝、考えたことを思い出した。
「ハッ、了解しました」
 リョウは神妙に答えて、その奇妙な鉤槍(かぎやり)を受け取った。
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