(四)

文字数 959文字

 そのとき、突然の成り行きに呆然と立ち尽くしていたアユンが、転げるように兵士の前に走り出て、鞭打つ手を止めさせた。
「待ってくれ。もとは俺の矢が原因だ。俺がしくじったのだ。これが戦場だったら、死罪に値することはわかっている。鞭打つなら、俺を打ってくれ」

 リョウは驚いた。もっと驚いたのは、テペとクッシだろう。二人はアユンの元に走り、土下座した。
「アユンの受ける鞭は、私が受けます」
 ネケルとして育てられてきた二人は、反射的にそう言っていた。

 兵士は、鞭を止めて上官である武将を(うかが)ったが、武将は無視した。
「この鞭は、アユンの奴隷が受けると決まったことだ。勝手なまねは許さない。アユンも、奴隷の痛みがわかるなら、二度と間違いを起こさないようにすることだ」
 そこで兵士は、アユンをどけると、一発、二発とまたリョウの背中に鞭を振るった。リョウは、歯を食いしばって、もう叫ぶまいとしたが、苦痛でうめき声が口から洩れるのはどうしようもなかった。
 リョウの(かたわ)らで一度はうつむいたアユンだったが、また顔を上げると、覚悟を決めた大声で、武将に向かって言った。
「俺が今、ここで鞭を受けなければ、俺はリョウを失うことになる。俺のせいでリョウを失うということは、俺はもはや、どのネケルからも信頼を失うということだ。それは一番してはならないことだと、俺は子供のころから、親父にきつく言われてきた。どうか俺を鞭打ってくれ」

 今度は、武将のほうがドムズの顔を窺った。ドムズは、その武将に向かって片膝をついた。
「アユンがこう言っています。なにとぞ残りの鞭は、アユンと残り二人のネケルに受けさせてください。ビュクダグ様には、事のいきさつをそのままご報告ください。ビュクダグ様あるいはゲイック・イルキンからの叱責は私が責任を持って受けます」
「そこまで言うなら、良かろう。矢を受けたのはキュクダグのネケルだった。ネケル達にもその痛みを知ってもらおう。三人に二回ずつ鞭を打つのだ」
 上官の声に、鞭を持った兵士は、テペ、クッシ、そしてアユンを(ひざまず)かせると、順番に背中にバシッ、バシッと二発ずつ鞭を打っていった。縄で縛られているわけではないテペとクッシは、痛みに地面を転げまわったが、アユンは拳を握りしめたまま、歯を食いしばり、(ひざまず)いた姿勢を崩さずにじっと()えていた。
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