(一)

文字数 1,573文字

 夏祭りが終わり、秋風が吹き始める頃、リョウには大きな変化があった。アユン直属の奴隷武人になるよう指名され、それ以来アユンやその仲間と寝起きを共にし、武術や乗馬の訓練をする日々を過ごすようになっていたのだ。

 部族長であるゲイック・イルキンは、突厥(とっくつ)の王が軍事を催すときには、千人隊長として馳せ参じることになっている。今の王は骨咄葉護可汗(クトゥルク・ヤブグ・カガン)といい、ここからは馬を走らせて十日ほどの北方に、巨大で豪勢なゲルを構えているという。
 可汗(かがん)というのは突厥の王の呼称で、その配下にある部族はすべて、百人隊、百人隊が十個で千人隊、千人隊が十個で万人隊というように構成されている。千人隊長というのは、いざという時には数百人から千人ほどの兵士を自分の配下から供出し、一つの大きな部隊を構成できる者に与えられる呼称だ。ゲイックは、必要なら千人以上の兵を供出できる有力部族の長であった。
 これだけの数を揃えるために、兵士の中には多くの奴隷兵士も含まれることになる。だから、軍事訓練にはリョウ以外の奴隷も参加しているが、アユン直属の武人となるのはテペやクッシなど、もともとの突厥武人の子らで、奴隷はリョウ一人であった。

 リョウにアユン付きの奴隷武人になることを伝えに来たのは、ドムズであった。リョウはそれまでは、ドムズ預かりの奴隷という立場で、かつてリョウとシメンを乗せて来たグクルもドムズのものとされ、リョウは今もグクルの世話をしていた。
「リョウ、お前はこれからアユン付きの武人として訓練することになった。住まいも、今の奴隷用のゲルから出て、テペやクッシと同じゲルに移ってもらう」
「俺には、そんなこと……。ここで農作業や大工仕事をしている方が、俺には向いているし、他の者ではダメですか」
「どっちにしても、お前たち奴隷には、今まで以上に軍事訓練をさせるし、いずれ戦にも出てもらう。しかし、俺もほんとうは、オドンの方が、アユンの傍に置くには良いと思ったのだが」
「どうして俺なんですか?」
「決めたのは、アユンの父親のゲイック・イルキンだ。アユンがお前になついているのは知っていたが、それだけではないだろう。夏祭りで見せた弓の腕や、騎乗の技を買ってのことだろう」

 リョウは、てっきりアユンが自分を指名したのかと思っていたので、それを聞いてびっくりした。熊の木彫りを作ってあげて以来、アユンはリョウの小屋を覗きに来ては、弓の的当てや相撲の相手にと、リョウを誘い出すことがあった。時には、馬で草原を走るお供をさせられ、馬上での腕相撲の相手もさせられた。
 夏祭りの午後には、馬競争で準優勝して上機嫌のアユンから、是が非でもと弓競争に引っ張り出されていた。いたずらっぽい目をしたアユンから「実は、取り上げていたリョウの弓を持って来させた」と告げられた時には、リョウも断り切れず、「えい、ままよ」と覚悟を決めた。近くの木で少しばかり練習して本番に臨み、十矢全部を十五歩(約20m)先の的に当て、そのうち八本は真ん中近くに当てたので、見守る観衆や同じ部族の仲間たちから賞賛を浴びたのだった。
 そんな噂がゲイックの耳にも入っていたのだろう。それに夏祭りでシメンの乗馬が注目されたことから、リョウもかなりの乗り手だと認識されたようで、その後には、軍事訓練の一環として行われる巻狩りに、獲物を追い立てる勢子(せこ)として駆り出されたりもしていた。
 それにしても、そのどれをとっても、リョウが誰よりもずば抜けているようなものはない。馬に上手に乗れるといっても、物心ついたころから馬に乗り、横乗りしたままで小便をするような遊牧民の子らには、かなうはずもなく、腕っぷしなら夏祭りの相撲で五人抜きを果たしたオドンの方がはるかに上だ。やっぱりアユンが勧めてくれたのかな、などと考えていた。
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