(五)

文字数 1,470文字

 その翌朝、まだ多くの者が寝ている時間に、突然、警告の角笛がけたたましく鳴り響いた。
「敵襲!」
 見張りの知らせに、集落の男たちが武器を取り、馬の元に走った。集落のはるか向こうから土煙を上げて迫ってくるのは、千騎を超える唐軍のようだったが、その先頭には、四散したはずのクルト・イルキンの部隊の赤い兜が百騎ほど走っていた。
 敵の数は多く、騎馬で迎え撃つ時間も無いと判断したゲイックは、矢を防ぐための大きな盾を兵士たちに持たせ、密集しての迎撃態勢を取らせた。
 
 近づいてきた敵は、攻撃をせずに、ゲイックの集落を取り囲んだ。その中から馬を進めてきたのはブルトとその親衛隊だった。ブルトの一番近くにいるのは、唐軍への奇襲で斥候に出た折り、リョウを裏切り者だと言って陥れたネヒシュだった。
「北に去るものは殺さない、羊も武器も置いてすぐに去れ。残りたい者は残っても良い。今後は、俺の指示に従ってもらう」
 ゲイックが進み出た。
「ずる賢い主人の下では、ずる賢い家来が育って、主人を食い殺すようだな。クルト・イルキンは、お前に裏切られて死んだ、違うか?」
 大会戦で、クルトは自分の親衛隊だけに囲まれて高みの見物をしているように見えた。しかし、あれもブルトが仕組んで孤立させたのではないか。そのために、ドムズはクルトを討つことができたが、それもブルトの思惑どおりだったというわけだ……、ゲイックは会戦後にそう語っていた。
「お前のような奴に、おめおめ従うような者は、ここにはいない。俺の部族をつぶしたいのなら、俺と勝負しろ」
「お前は、自分の立場が分かっているのか?俺の後ろには、千騎の唐軍が控えている。勝ち目のないお前と、どうして俺が勝負をしなければ……」
 言い終わる前に、ゲイックは槍を手に、ブルトに向かって突進していた。それを見たアユンも続き、ゲイックとアユンのネケル達も突撃を始めた。リョウも迷わずに、弓を持って、馬の腹を蹴った。
 ブルトの親衛隊がゲイックの前に立ちふさがったが、ゲイックは構わずに高速でその真ん中へ馬を突き進め、(ひる)んだ敵を蹴散らしてブルトに迫った。敵の親衛隊の繰り出す槍が、ゲイックの脇腹を切り裂くのが見えた。アユンが、その兵士に向かって剣を振りあげるのを追いながら、リョウは、別方向からアユンに斬りかかろうとした敵の右肩を射抜いた。さらに、二の矢を(つが)えたリョウは、目の前にネヒシュがいるのを見て、その胸の真ん中を射抜いた。ネヒシュは、目を見開き、驚きの顔を残しまま、ドウッと落馬した。
 ゲイックは、脇腹の傷をものともせずブルトに槍を突きかけ、ブルトも槍で応戦した。いったん離れた二人は、再び向き合い、同時に相手に向かって突進した。すれ違いざま繰り出した二本の槍は、激しく交差し、ゲイックの槍がブルトの盾に弾き飛ばされた。三度(みたび)向き合った二人は、ブルトが槍、ゲイックが剣を構え、両者が激しい気合いと共に、相手に向かって突進した。馬上で身体を倒さんばかりにして槍をかわし、横から薙ぎ払ったゲイックの剣が、ブルトの太腿を切り裂いた。しかし、苦痛に顔を歪めながらも、振り向きざま投げつけたブルトの槍は、馬上で態勢を立て直そうとしていたゲイックの背に突き刺さり、両者は共に地上に転げ落ちた。太腿の傷を押さえながら立ち上がったブルトが、剣を抜き、ゲイックに止めを刺そうと近寄った時、一頭の馬が駆け寄り、短剣を持った男が馬上からブルトに飛びかかった。絡まるように転げながら、その男は、ブルトの首に深々と短剣を突き刺した。立ち上がったその男は、タンだった。
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