(七)

文字数 1,163文字

 翌朝、合議からの帰り道、アユンは、ゲルでの宴でどんな話題が出たのかを訊ねた。
 リョウとアユンの間で馬を進めていたアトが、ビュクダグの副官であるティルキの話として、概ね次のようことを教えてくれた。

――最近のウイグル族との小競り合いは、裏で王忠嗣が画策していると思われる。唐軍は自ら戦わずに、遊牧騎馬民族どうしを戦わせようとしているのだろう。
 しかし、それはウイグルにも好都合な話だ。唐と手を結んでおけば、南を心配しないで、邪魔者の突厥を叩ける。突厥ではこのところ、王族の内紛が続いたので、今が東の草原を手に入れる絶好の機会だと思っているのではないか。
 それで、ウイグルはわざと王忠嗣の策に乗せられたふりをしながら、実は王忠嗣の唐軍を自分たちのために使おうとしているとも考えられる。
 ウイグルに、そんなにうまくはいかないということを、思い知らせなくてはならない。王忠嗣の本隊は、冬になる前に奚を討つために東北に行っている。ただ、ウイグル工作をする別動隊が、黄河を渡ってこの近くに来ている。まずは、それを叩き、唐の軍など何の役にも立たないと、ウイグルの奴らの眼を覚まさせてやるのだ。

「唐にとっては、突厥がウイグルに代わるだけで、何が得になるのだ」
 アユンの素朴な疑問に、アトが笑いながら答えた。
「絹馬交易の話は聞いたことがあるだろう。唐の奴らは、ウイグルと一緒に突厥と戦ってやる代わりに、勝った暁には、突厥よりも有利な条件で和親条約を結ばせようとしているのだろう」
 どこか近くに水源があるのだろうか、湧き出た様な無数のトンボが頭上で舞っている。先頭を行くゲイックが、青空に向かって鞭でトンボを追いながら振り返った。
「欲深いのは突厥の可汗も同じだ。内紛に乗じて可汗になったものの、支持を広げるためには、ばらまくための財貨を増やさなければならない。それで唐に今まで以上の絹を出すように要求したものだから、唐が腹を立てたのだ」
「それにしても忌々(いまいま)しいのは、王忠嗣の奴だ。ウイグルには突厥がウイグルを滅ぼそうとしていると偽情報を与え、同時に、突厥にはウイグルが狙っているとの偽情報を流しているらしい。その情報を本物らしくするために、軍旗や軍服を隠して両方の村落を襲っているという噂さえある」
「それが分かっているくせに、それを逆に利用しようとしている可汗の取り巻きもいる。ウイグルが突厥を狙っているという話は、可汗にも好都合だ。外部からの危機をあおれば、内部は固まるものだからな」

 最後尾にいたリョウは、二人の話を聞き洩らすまいと、前方のアトに馬を近づけて聞いていた。そして、昨晩、酔っぱらいながら自分で考えていたことは、当たらずとも遠からずだな、と納得していた。それはまた、大きな戦が近づいているということに他ならない、そうリョウは思った。
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