(三)

文字数 1,343文字

 昨晩から森に潜むバルタの百人隊を除く全軍が、ビュクダグが陣を構える南の丘の上に集合した。百人隊ごとに縦十列、横十列の方形に整列した軍勢は、ビュグダクの副官、ティルキが振る旗を合図に、順番に左右に出陣することになっている。これは、並足で、音を立てずに静かに移動し、敵に知られないように自分たちの有利な形に布陣する訓練でもあった。

 初めに、半円の弦の部分、すなわち袋の口を締めるための三百騎が、右と左に分かれて出発した。次いで、半円の弧の部分に布陣する六百騎が、これも右と左に分かれて出発した。
 中央近くに陣取ったゲイックの隊は、最後の旗の合図で、南の丘から東回りに、右半分の袋の底を閉じるように展開し布陣した。ゲイック隊の二百騎で六里(約3km)を(ふさ)がなければならないので、一里ごとに指揮官からの指示を伝える旗手と太鼓手が置かれた。
 よく見れば、弓持ちや槍持ちの他に、旗持ち、太鼓持ち、リョウと同じ鉄鉤持ち、鳴り物を持つ勢子など、さまざまな兵がいる。軍事演習なのだから、指揮に従い、それぞれがそれぞれの役割を果たす必要があるのは当たり前で、リョウは、自分だけがドムズに意地悪をされたように感じたことを恥じた。
 ゲイック隊の左手、中央やや後ろにはビュクダグの隊が布陣し、その中にはビュクダグの子、キュクダグがいるのも見えた。昨年の夏祭りの馬競争で優勝したキュクダグは、子供らしさが抜けて、たくましい若者になっていた。

 空が薄青みがかり、ようやく地平線が現れたかと思うまもなく、ぐんぐん赤みを増してきた。その時、ビュクダグが手を上げたのを合図に、白い狼煙(のろし)があげられた。遠くの森に潜むバルタ隊に巻狩りの開始を告げるためである。
 ほどなく、北の森の方角から喚声と太鼓の音が上がった。バルタ隊が、森の動物の追い落としを始めたようだ。彼らは、騎乗したまま森を自由に走れるのだと聞いていた。
 南側の数百騎は、それからもしばらく、音もなくじっと待った。やがて今度は、北の方、丘の稜線の東から、次いで西から黄色の狼煙が上がった。バルタ隊が、丘の裾まで達した合図だ。それを見たビュクダグの指示に従い、副官のティルキが旗を左手に向けて大きく前後に振り、次いで、右手に向けて同様に前後に振った。同時に後ろに控える太鼓隊は一斉に太鼓を打ち鳴らし始めた。大狩猟の始まりだった。

 もっとも、人相手の戦とは異なるので、全速で駆けだすということはしない。ティルキの旗を見た左翼と右翼の騎馬隊は、列を崩さずに、囲いの輪を縮めるよう、動物を追い立てる「シャー」「チャー」という甲高い声を上げながら、ゆっくりと前進を始めた。太鼓隊もその後ろに続き、動物を追い立てるために懸命に太鼓を叩いている。
 リョウも、慎重に馬を進めた。昨日とは違い、早すぎても叱られ、遅すぎても叱られるだろう。仲間の馬と連携しながら、逃げてくる動物が網の隙間から外へ逃げ出せないよう、草の動きに注意しながら、左右にジグザグに馬を進めていく必要がある。
 動物を追い立てながら森から輪の中に入ってきたバルタ隊だけは、遊撃隊として自由に走り回ることができた。森の動物たちを良く知る彼らは、鹿や猪などの大物の逃げ道の先回りをして、輪の中心に誘導しようとしていた。
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