(七)

文字数 1,192文字

 ゲイック・イルキンの兵士らは、戦前に定めていた集合地点に三々五々集まった。敵の追撃をかわすため、部族ごとに別々の場所に集合することが決められていた。用心のため見張り番は立てられたが、もう追撃は無いことを確認し、兵士らは傷の手当てを受け、用意されていた食事をとった。
 リョウも左腕の矢傷と脇腹の槍傷に焼き(ごて)をあてられ、かみしめた口からうめき声を漏らした。あらためて見てみると、それらの深い傷以外にも、そこら中に矢傷や刀傷があり、すりつぶした薬草を塗って、包帯をしてもらった。ほぼ丸一日、何も食べずに戦っていた兵士らは、疲労困憊(こんぱい)のあまり、少しだけ口をつけると、倒れ込むように横たわる者がほとんどだった。

 少し落ち着いた夜半近く、ひと眠りしたリョウは起き上がって、今度はゆっくりと食べなおそうと、肉と酒を受け取りに簡易ゲルを抜け出した。同じゲルで横になっていたアユンとテペも、それに気付いて出てきた。三人は、食糧用の荷馬車で、酪と馬乳酒、それに少しばかりの干し肉をもらったが、寒気が厳しくなってきたので、ゲルに戻ることにした。
 アユンがため息をついた。
「ドムズも、死んでしまった。俺は一緒に逃げようって言ったのにな」
「でも、ドムズのおかげで、俺たちは生きて帰って来れた。クッシも、連れて帰りたかったが……」
 テペの声が震えていた。リョウも戻って来なかった奴隷兵士たちを思い、涙を(こら)えるように上を見た。そこには、いつもと変わらぬ星空が広がっている。
「もうオドンと相撲をとることができない。俺にはそれが、未だに信じられない」

 それっきり無言で歩いていた三人は、見張り番がいるゲルがあることに気付いた。敗走してきたので、そもそも捕虜などいないと思ったリョウは、ハッとした。
「アユン、カプランの奴隷のタンがどうなったか知っているか?」
「クルトの一族を裏切ったのだから、帰る場所もないし、敗走の途中でどこかに逃げたのではないか」
「そうだといいんだが。寝返ったとはいえ、敵兵だ。事情を知るドムズがいないから、捕虜になっているのではないか」
 そう言ってリョウが指差すゲルの方を見た三人は、近づいて中を覗き込んだ。タンが、両腕を後ろ手に縛られ、真ん中の柱に縛り付けられていた。リョウが走り寄った。
「タン、すまない。お前が、捕虜になっていることを知らなかった」
 リョウが縄を解いている間に、アユンが見張り番に、この捕虜は自分が預かると言って、見張りを解かせた。テペが、タンの分の食糧と酒を取りにいった。
 タンが難しい顔をしたままアユンとリョウを見た。
「青い兜なら大丈夫と思って、皆と一緒に、ここまで走って来た。でも、怪しい奴だと、すぐに捕まってしまった。脱走兵か、間諜かということで、このままだと殺されるところだった」
「お前は、俺の命の恩人だ。今まで、気付かず、すまなかった。さあ、まずは食べろ。酒もある」
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