(五)

文字数 1,325文字

 王爺さんの秘密を抱えたままアユンのいるゲルには戻りたくないな、と考えたリョウは、奴隷武人たちのゲルに向かった。悦おばさんが、食事を運んで来ていた。
「張の具合はどうだった?」
「かなり弱っていて、もう起きれないみたいでした。でも元気はありましたよ」
「おやそうかい、それは良かった。あの身体じゃ、もうみんなに付いて東に行くことは無理だろう。私も、張の面倒を見るからって、残らせてもらおうかね。今さらもう、どこにも行きたくないよ」
 明日の会議を前に、もう集落の中では東に移る話になっているのかと、リョウは少し驚いた。

 奴隷武人たちのゲルの幕を開けると、中にはバズとカル、それにタンの姿もあった。もうオドンやコユン、デビはいないと思うと、不意に寂しさが込み上げた。バズがリョウに気付いた。
「おっ、リョウが来てくれたぞ、ちょうど良かった。俺達は、いったいどうなっているのか、さっぱりわからない。教えてくれないか」
 リョウは、まずは腹ごしらえをしようと、悦おばさんに声をかけ、自分も手伝って料理を中に運び入れた。車座になって食事を取りながら、リョウは張の秘密には触れないように、慎重に今までのいきさつを皆に話した。
 
 それを聞いて声を上げたのは、オドンに代わって奴隷武人たちの面倒をみているバズだった。
「それじゃあ、クルトは、奇襲のときからもう裏切っていたということか?」
「そうだ、クルト達の動きは、奇襲の前から変だった。自分の集落が何者かに襲われたと言って、奇襲の直前に主力が抜けた。それなのに奇襲隊の隊長は譲らず、伏兵がいるから警戒すべきだという俺の情報も無視して、みんなを危険にさらした。いざ奇襲となったら、自分は真っ先に退却し、それも援軍を連れてくるためだと強弁した」
「リョウが捕まったのを、裏切りだと報告したネヒシュも、クルトの斥候だったよな」
「ああ、そうだ。唐軍には騎兵が少なくて楽に勝てると報告したのも、今思えば、クルトの斥候だった」
「まったく俺たちは人が良すぎるのかな。クルトに完全に()められていたわけか」
 黙って聞いていたタンがぼそりと言った。
「すまなかった」
 慌ててリョウがタンの方を見て、手を左右に振った。
「いや、すまん。お前は、俺たちを助けてくれたんだ、気にしないでくれ。もとはといえば、奇襲のあと、ゲイックがブルトを罰すべきだと言ったのに、ビュクダグがきっちり処分せず、曖昧(あいまい)なままにしたのが、会戦での裏切りを防げなかった原因だ」
「俺たちはこれからどうなるんだ。ぼやぼやしていたら、西からはウイグル、南からは唐軍がまた襲ってくるだろう」
 そう聞いたのはカルだった。カルは剣術仲間でもあった親友のデビが戦死してから、以前のような陽気さを失っていたのがリョウには心配だった。
「東で新しく立った可汗の元に参集するか、ここで居続けるか、明日の昼までには決まるだろう。もしかしたら、意見が割れて、二手に分かれるかもしれない。俺たちは奴隷だから、主人が決めた方に黙ってついて行くしかないだろう。考えてもしょうがないから、いつでも発てるように武具や荷物の整理をしておいてくれ」
 そう言ってリョウは奴隷武人のゲルを後にし、今度は康佇維を訪ねることにした。
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