(八)

文字数 1,059文字

 夜がだいぶ更けてきた。長距離を駆けてきて、(やぶ)に潜み、(つか)まり、縛られている身には、冷え込みがきつく感じられ、疲れて寝込みそうだった。しかしなんとか方法を考えなくては、とリョウは思った。 
 夜半に出発することになっている奇襲部隊は、強行軍に供えて、自分が乗る馬の他に、替え馬をもう一頭ずつ連れてきている。速足で敵地まであと三十里という辺りまで走り、そこでいったん休憩をとり、馬を乗り換えてから、一気にここまで走って来ることになっている。そうすれば、敵が斥候や見張りを配置していても出し抜くことができる。
 尋問では、奇襲が明日の早朝にあるとはもちろん言っていない。万が一の場合、嘘がばれないぎりぎりの、明日の夕方と言っておいたから、急襲は成功するかもしれない。しかし、それは甘いというものだろう。彼らは、いつ襲われても良いように準備しているようだった。最初から仕掛けられた罠だったのだろう。
 なんとかそのことを知らせないといけない。そうしないと、アユンや、自分の配下の奴隷兵士たちがむざむざ殺されてしまう。

 縛られたままぐったりしているカヤに小さく声をかけた。
「大丈夫か」
「お前は裏切ったのじゃなかったのか」
「あの場を逃れるための芝居だ。カヤも両親は殺された漢人だと言ってあるから、まだ殺されずにいる。しかし、いずれ奴隷として売り飛ばされるかもしれない。その前に突厥の軍がここを襲ったら、二人とも殺されるかもしれない」
「俺が漢人だなんて、よくも言えたものだな」
「見かけは変わらない。両親が早くに死んで、突厥の言葉しかできないと言ってある。それにお前の本当の名前はイエンシーだと言ってある」
「イエンシー?なんだ、それは」
「突厥語のカヤ(岩)は、漢語では岩石(イエンシー)なんだよ」
 カヤが少しだけ笑った。
「逃げた斥候は、無事に戻れただろうか」
「ああ、つかまったとは聞いていない。しかし、わざと逃がされたとも言える。あいつは、敵陣には千人程度の歩兵しかいないし、警戒も緩いと報告するだろう。しかし、さっきの上官が話したところでは、丘の向こうに、重武装の騎馬戦闘部隊が隠れて陣を張っているそうだ」
「まったくクルト・イルキンの斥候は、間違った報告をしやがって」
 リョウは、そのカヤの言葉が、胸の奥に少し引っかかった。自分たちも見つけられなかったとはいえ、最初に重装備の騎兵はいないと報告したのはクルト・イルキンの放った斥候だったし、今また、自分たちを置いて逃げた斥候もクルト・イルキンの副官ブルトの兵だった。偶然ならば良いのだが。
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