(三)

文字数 940文字

 別れの日、シメンは悦おばさんが用意してくれた、白地に紺の縦縞の、こざっぱりした服を着ていた。わずかばかりの荷物を胸に抱えてゲルの戸口に立ち、(うつむ)くシメンのその両肩がやけに小さく感じられ、リョウは何と声をかけたらいいのかわからなかった。
 やがて、一緒に売られていく娘たちと一緒に、悦おばさんや女奴隷の仲間に挨拶し、迎えに来た安と一緒に集落を出て行くシメンに、「元気でな」と一言だけ声をかけた。「兄さんも」と言って去っていくその後ろ姿に向かって、リョウはもう聞こえない小さな声で「ごめん」と付け足した。

 リョウは、いつまで経っても、シメンが旅立った日の小さな両肩と涙を一杯にためた眼を忘れられないでいた。もう二度と会えないかもしれない、と絶望する気持ちと、ここを抜け出していつかきっとシメンを探しに行く、という強い気持ちの狭間で揺れ動くリョウは、何かをしていないと落ち着かないので、そんな時は、何も考えずに石刻に没頭した。

 アユンも、シメンが居なくなって気落ちしている一人だった。石刻用の小屋でもくもくと石を彫るリョウを見ながらアユンが言った。
「リョウ、お前だけには教えてやる。あの夏祭りの夜から、俺とシメンはときどき会っていた。売られていく前の晩も、俺のところに来たんだ。でも俺は親父に、シメンを手元に置きたいとは言えずに、結局、シメンは出ていった」
 リョウも日ごろの二人の視線や行動から、二人が好意を持ち合っているのは、以前から気付いていた。大狩猟の折りの鞭打ちで、酷い傷を負って帰ってきた時も、リョウの手当てはそこそこにアユンの手当てに走ったシメンの振る舞いを、リョウはその後もよくからかっていた。
 最後の晩に二人の間で何があったのか、アユンはひとことも言わなかったが、リョウにはわかる気がした。アユンよりも、これから先、どこの誰に抱かれるかもしれないシメンの方がより強く求めたのだろう。もう少し二人とも大人になっていたら、違う選択肢があったのかもしれない。しかし、子供から大人へと移りつつあった二人には、ただだまって抱き合うしかできることは無かったのではないだろうか。シメンにとって、その想い出がこれから生きるための(かて)になるのだろう、せめてそう思って自分を慰めるしかなかった。
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