(五)

文字数 1,075文字

 その時だった。アユンに切りかかるかと思われた三人の兵士のうちの一人が、もう一人の剣を払いざま馬に体当たりし、返す刀でその兵士を切り倒した。敵も味方も、一瞬、何が起きたのかわからなかった。馬上の兵士の顔にリョウは見覚えがあった。ビュクダグとの軍議の折り、リョウと取っ組み合いをした、カプランの奴隷兵士、タンだった。
 タンは、休まずにもう一人のカプラン側の兵士に切りかかっていった。味方の裏切りに戸惑ったカプランだったが、すぐに顔を真っ赤にしてアユンに切りかかる。しかし今度は、アユンも落ち着いてカプランの剣をかわし、応戦した。二人の兵士を倒したタンが、カプランの横腹を剣で払った。たまらず、手で腹を抑えたカプランの胸の真ん中をアユンの剣が刺し貫いた。

 落馬した虫の息のカプランの横に、タンが呆然と立ちすくんでいた。カプランの眼は、アユンよりもタンの方を憎々し気に(にら)みつけていたが、すぐにその眼も閉じられた。
「カプランを討ち取った!」
 アユンのその声に、青い兜の兵士たちが歓声を上げた。その歓声に気付いたドムズとその兵士たちも、ウイグル兵を蹴散らして駆け寄ってきた。まだ数では優勢だったはずのクルト・イルキンの部隊とウイグルの部隊は、大将を二人までも討ち取られ、混乱し、やがて、副長ブルトの命令で、丘の上にいったん引いて行った。

 アユンもタンの顔を思い出したようだった。
「お前は、カプランの奴隷兵士だな。助かった。礼を言う」
 ドムズが、倒れた味方の兵の兜を拾い上げた。
「今は事情を聞かない。まずは、その赤い兜を脱いで、この青い兜をつけろ」

 落馬したまま戦い続けていたリョウは、グクルが見えないのにハッとした。見回すリョウの視線の先にグクルは倒れていた。駆け寄ったリョウを見て、グクルは必死に立とうとしたが、槍傷を負ったグクルは、もう立ち上がることができなかった。
 リョウは、グクルの眼を覗き込んだ。戸惑いと(おび)えに落ち着かなかったグクルの眼は、リョウと視線が合ったことで落ち着きを取り戻したようだった。
「グクル、ごめんな。お前とは、もっともっと、いっぱい草原を走りたかったな……」
 リョウは、横たわるグクルの傍らに(ひざまず)き、その濡れた眼を見つめながらたてがみを撫でてやった。そのまま、矢傷を受けた腕の痛さも忘れて、グクルの首を後ろから強く抱きしめた。
「グクル、ありがとう。俺からも、シメンからも……、本当にありがとう」
 そう声をかけながら、リョウは右手に握った剣に力を込めると、サッと引いてグクルの頸動脈(けいどうみゃく)を切り裂いた。リョウはそのまま、しばらく動けなかった。
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