(三)

文字数 1,246文字

 草原には、夕暮れが近づいていた。太陽が傾き、地平線は早くも朱色を帯び始めている。
 そのとき、東の方から数頭の馬が駆けてくるのが見えた。いよいよ、処分が下されるのだろうか。それとも部族の誰かが迎えに来てくれたのだろうか。緊張が走った。
 近づいてきたのは、ドムズとその部下三人、それに見知らぬ武将と兵士だった。空馬(からうま)を三頭連れてきている。それを見て、リョウは覚った。四人の内、一人は帰りの馬が無い。やはりここで処刑されるのだろう。縄がほどかれたら、体当たりしてでも、馬を奪って逃げよう。しかし、縄がほどかれなかったら……。リョウは、いつでも動けるよう、こわばった筋肉を緩めようと両肩を上げた時、思わず身震するのを止められなかった。
 
 馬を降りて来た見知らぬ武将は、ビュクダグの使いだった。ドムズの部下に、四人の縄をほどいて、土下座させるように指示した。縄がほどかれても、リョウは「動くのはまだ早い」と、はやる自分を抑えながら、皆と並んで土下座して機をうかがった。
「総隊長ビュクダグの子、キュクダグに向けて矢を放った行為は、死罪に値する。しかし慈悲深いキュクダグは、アユンの助命を許された。よって、身代りの奴隷を罰することとする」
 リョウは、跳ね起きようとした。しかし、いつの間にか後ろに回っていたドムズの部下二人が、後ろからリョウの両肩と両腕を、がっしりと押さえつけ、リョウは身動きが取れなかった。
「最後まで聞け!」
 ドムズがリョウを(にら)みつけながら怒鳴った。武将が言った。
「なお、矢傷を受けた忠実な兵の命は助かった。またゲイック・イルキンからも助命嘆願が来ている。よって、戦を前にして、味方を殺すわけにはいかないという、ビュクダグの寛大な思し召しにより、死罪ではなく、鞭打ち十回の刑とし、直ちに執行する」

 リョウを押さえつけていた二人が、リョウを立たせて、(よろい)()ぎ取った。汚れた血を大地に落とすことは忌まわしいことなので、薄い肌着だけは着たまま、さっきまで四人が縛られていた木に、両手で木を抱くように縛り付けられた。
 武将と一緒に来た兵士は、矢を受けた兵士と同じキュクダグ付きのネケルだという。その兵士が、友の代わりにとばかりに、リョウの背中に思い切り革の鞭を叩きつけた。
 そのひと振りは、肉が割け、気絶しそうになるほどの痛さで、リョウは叫び声をあげた。鞭は、二度、三度と打たれ続けた。死罪は免れたといっても、この鞭打ち刑で死んでしまうかもしれない、そう思うほどの強さだった。しかしリョウは、死んではいけない、生き抜くんだ、シメンにもう一度会うんだと、歯を食いしばり、両眼をカッと開けて、次の鞭を待った。
 朦朧(もうろう)とする意識の中で、リョウはドムズがこう言っているように感じた。
――俺たちが羊の面倒をみるのは、結局はその羊を殺すためだ。飼っているものを殺すことが、生きていくには必要なんだ。奴隷のお前をアユンの兄弟のように育てたのは、いざとなったらお前にアユンの盾になって死んでもらうためだ。恨むなよ。
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