(一)

文字数 938文字

 案の定、翌日の会議では、皆の意見が真っ二つに割れた。東北へ移動して新たな可汗と共に戦うべきというゲイック達と、この草原に残って唐やウイグルとの共存を目指すべきだというゲイックの伯父を中心とする者達である。
 奴隷には、どちらかを選ぶことはできないから、リョウはアユンと共に東北へ移動することになるのかと、少し暗い気持ちになった。なにしろ、長安からは遠く離れ、ここよりさらに寒いことだけは確実なのだから。

 議論が行き詰り、いったん頭を冷やすことになって、リョウはアユンやテペと共に、近くの馬柵に寄りかかって休憩していた。しばらく、物思いにふけっている様子だったアユンが、二人を見た。
「俺も、この戦を通して、少しは考えるようになった。裏切り者のクルトやカプランは憎い。それを(あお)った唐やウイグルも憎い。しかし、そもそも何のための戦争だったのか……。何も得ることが無く、多くの親しい者を失い、憎しみだけが残ってしまった」
「何のための戦争なのか、なんて言っていられるのは、お前たち支配者だけで、俺たち奴隷は、命を守るために戦うだけだ」
 リョウは、自分の言葉が自然にきつくなっていることを感じていた。
「それに、クルトやカプランだって、家族もいれば仲間もいるだろう。その家族は、今度は、ゲイックやアユンを憎く思っているはずだ。憎しみは、伝染し、煽られ、めらめら広がっていく。欲のための戦争ならまだ終わりがあるが、憎しみに煽られた戦争には果てが無いのじゃないか」
「親父だって、やりたくてやった戦争じゃない。追い込まれて、やむを得ず参戦したんだ」
「ああ、わかっている。だけど、他の道もあったんじゃないか、戦わずに済む方策が」
「親父は、いつもそう考えていた。近くに居るから俺には良くわかる。そのために、四方八方から情報を集め、いつも平和に暮らす方法を考えていた。しかし、平和を守るにも力が要るんだよ。親父にはそれが足りなかった」

 リョウにも、何か良い方法が考えられたわけではなかった。何も考えられずに、ただ流されて、いつの間にか人を殺してしまった、その苦い思いが心を満たしていた。
――でも、同じことがまた起これば、俺はまた人を殺してしまうのだろうか。奴隷でいる限り、自分で考えることは許されない。
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