(二)

文字数 976文字

 しかし、そうでないことは、すぐに知れた。秋のはじめに、リョウをアユン付きの武人とするための誓約式があった。その場でゲイック・イルキンはリョウに言った。
「お前をアユンに付けたのは、アユンのためだけではなく、この部族の助けとなってもらうためだ。王爺さんはもう年老いて、張も最近は身体の具合が悪いと言っている。これからは、ときどき張に代わってアトと一緒に漢人との交易に行ってもらう。お前は、漢字の読み書きもできると聞いているので、漢人の商人との契約の手伝いもしてもらう。それと、お前はソグド語もできると聞いている。ソグド商人とのやり取りにも、できるだけ加わるのだ」
「わかりました。ただ、漢人の商人もソグド商人も、商いに使う突厥の言葉は話せますので、読み書き以外に私が出る幕は無いかと思いますが」
「ハハハ、商売のことならそうだ。商売は、アトや張たちに任せておけば良い。お前を同行させる本当の目的は、唐や西域の情勢を知るためだ。いろいろな国の言葉ができるということは、時に槍や剣よりも強い武器になる。お前は、漢人やソグド人から政情や噂話などをできるだけ聞き込み、気付いたことをアトに伝えるのだ。もちろん、馬術も武術も鍛えなければいけないが、そっちはドムズに任せてある」

 リョウはその言葉に驚いた。槍よりも、剣よりも、俺の言葉の能力が武器になるというのか。父もそのために自分にソグド語を習わせたのだろうか、もしかしたら、これからソグド商人と話すことで、父と母の消息を知ることができるかもしれない……そんなことが、一瞬のうちに頭をよぎった。

「それでは、これから誓約式を執り行う」
 ゲイック・イルキンが宣言した。
「リョウをアユン直属のネケルとする。お前は自分の命に代えても、主人であるアユンを守ることを誓うのだ」
「私は喜んでアユン様のネケルとなります。アユン様に矢が飛んで来れば、この身体でその矢を受け止め、アユン様に槍が突き出されれば、この身体でその槍を受け止めます。何があっても、自分の命に代えてアユン様を守り通します」
 リョウはゲイックの部下たちが居並ぶ前で、ゲイックとアユンの前に(ひざまず)き、あらかじめドムズに教え込まれていた誓いの言葉を述べた。それに対して、ゲイックが青い飾り紐のついた槍をリョウに与え、次いでアユンが弓と三本の矢をリョウに与えて儀式は終わった。
ワンクリックで応援できます。
(ログインが必要です)

登場人物紹介

登場人物はありません

ビューワー設定

文字サイズ
  • 特大
背景色
  • 生成り
  • 水色
フォント
  • 明朝
  • ゴシック
組み方向
  • 横組み
  • 縦組み