(三)

文字数 1,064文字

 こうした訓練を繰り返すうちに、リョウもようやく落ち着いて指揮官の合図や仲間の動きが見えるようになってきていた。この日最後の演習は模擬戦闘で、敵味方に分かれた部隊ごとに、指揮官の指示に従い、目標に向かって攻めたり、退却したりという訓練をする。
 騎馬遊牧民の陣形は、全体を左右と中央の三つに分けるのが伝統になっている。左軍の最左翼を受け持ったゲイック・イルキン麾下(きか)の百人隊二つは、それぞれ十人ごとの小隊に編成されており、アユンは部族長の息子として五つの小隊、五十人の隊長に指名され、その先鋒を受け持つことになった。訓練とは言え、アユンにとっての初陣のようなものである。

 リョウは、指揮官が次に、どこで、どちらの方向に隊を動かすかを想定し、その予想が当たるかどうかを試してみようと思う余裕もでてきた。ドムズが事前の教練で言っていたことを思い出していたのである。

―― 歩兵相手なら馬は強力な武器になる。しかし、騎馬どうしでの戦いでは、一頭一頭がバラバラになったら弱い。いかに集団で動き、迅速に相手を取り囲むかが勝負だ。囲い込むということは、敵軍の側面にまわり、後方からも攻撃するということだが、ただそれをやるだけでは、敵の何倍もの数が必要になる。下手に側面に回っただけでは、逆に味方の線が細くなり敵に撃破されてしまう。

 ドムズは、いずれ北の草原で騎馬遊牧民どうしの戦闘になることを想定していた。唐の皇帝も突厥(とっくつ)を倒すことを考えているに違いないが、いくら騎兵を充実させたといっても歩兵が主力では、騎兵が主力の突厥の軍に分がある。それよりも、唐としめし合わせた別の騎馬遊牧民が襲ってくる方が、可能性としては高いと思っているのだった。
 ドムズはさらに続けた。
―― そのため、いつでも数の優位を保てるように、いかに相手の集団を崩すか、どうやって自分たちの囲みに誘い込むかという戦術が大事だ。偽装撤退して敵をおびき寄せ、周りから包み込むようにしてその敵を撃破するというのは、実に有効な戦術だ。なぜなら、戦場で興奮している人間は逃げる相手を追撃したくなる本能を持っているからな。しかし、相手だって、まともな武将が居ればそれはわかっている。本気でやるなら、二日ほどかけて引き下がり、一日かけずに全速で引き返す。追いかけてくる敵の戦列は延々と伸びきっているだろうから、その戦列を攻撃する。そのくらいの手間をかけなければ、策にはめられない。

 ドムズは大きな身体に(いか)つい肩を乗せた、いかにも突撃隊長という風貌であるが、戦術に関する教えは緻密なものであった。
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