(二)

文字数 1,645文字

 会戦から二十日ほどして、ゲイックが部族の主だった者たちを集めた。今やアユン付きの第一ネケルとして認められているリョウも参加した。
 会議には、ビュクダグの子キュクダグが、副官のティルキを伴って来ていた。そのティルキが、会戦後の状況を伝えた。
「先の会戦で敗走した骨咄葉護可汗(クトゥルク・ヤブグ・カガン)は、追討作戦を行っていた三派連合に殺された。その後、三派連合はバシュミルの頭である阿史那(あしな)(しゅ)を新たな可汗に立てた」
 議場に驚きとざわめきが走った。バシュミルは、ウイグル・カルルク連合に最後に加わり、戦況を一変させた、いわば一番憎い仇である。それに応えるようにティルキは続けた。
「バシュミルは、もともと突厥とは仲が悪かった。数十年前、ソグド商人の隊商を妨害して突厥の利を奪った(かど)で、突厥がバシュミルを征伐した。それを未だに根に持っている。一方、ウイグルやカルルクに肩を持つ理由も無かったので、様子見を決め込んだ。そこへ、突厥に勝った暁には、阿史那(あしな)(しゅ)を三派連合の新たな可汗にする、という条件をぶら下げられ、急遽、参戦したのだ」
「バシュミルに可汗を取らせて、ウイグルには何の得があるんだ」
 誰かがあげた声には、ゲイックが答えた。
「我々は負けた。それがウイグルの最大の得だ」
「そのとおりだ。ウイグルは計算高い。まずはバシュミルをおだてて突厥を(やぶ)る手助けをさせた。しかし、化けの皮が剥がれるのに、そう年月は要すまい。ウイグルはいずれ、バシュミルの可汗を追い出して我が物顔でふるまうようになるだろう」
 ゲイックの答えを捕捉しながら、ティルキは今日の会議の本題を切りだした。
「三派連合が分裂すれば、我々にもまだ機はある。実は、東に逃走した阿史那氏の一族は、新たに烏蘇米施可汗(オズミシュ・カガン)を立てて三派連合に対抗しようとしている」
 そこでキュクダグが立ち上がった。
「ビュクダグは、先の戦で大怪我をして動けない。そのため、今日は名代(みょうだい)として私が来た。ビュクダグは、裏切り者のクルト一族と果敢に戦ったゲイックの衆に礼を言うとともに、ウイグルへの反転攻勢のため、烏蘇米施可汗(オズミシュ・カガン)に加勢してもらいたいと願っている」

 答えようとするゲイックを、もともと参戦には反対だったゲイックの伯父が手で制した。
「この前は、言われるままに参戦して酷い目にあった。わしらは、十分に可汗との約束を果たしたのだから、もう良いではないか。今度の新しい可汗だって、二代前の登利可汗(テングリ・カガン)を殺した判闕特勤(ハン・キョル・テギン)の子だというではないか。そもそも殺し合いばかりしている阿史那一族の内紛が、この戦を引き起こしたのだから、阿史那氏が収めている北の草原をウイグルにくれてやれば、わしら南の者はここでこのまま暮らしていけるのではないか」
 議場の多くの者が、賛同する声を上げた。その声を静めるように、ティルキが強い声を出した。
「それでは、クルト・イルキンと同じではないか。しかし、現実はどうだ?自分達さえ良ければそれで良いと、唐とウイグルの口車に乗って突厥を裏切ったクルト一族は、お前たちゲイック一族に討たれた。(かしら)を失ったブルトやその部隊は、クルトの従弟(いとこ)を部族長に立てて、ウイグルに約束を果たさせようとした。しかし、ウイグルは約束を守るどころか、軍勢をしかけて追い返した。追い返された故郷で待ち構えていたのは唐の軍勢で、もうクルトの支配地は無くなり、一族は四散してしまったのだぞ」
 クルトの地と言えば、ここゲイックの地の南西、馬でわずか三日の距離である。そこまで唐の支配下に落ちたという情報に、議場は騒然となった。
「ことは急を要する。この地を守って傷ついたまま唐と戦をするのか、新しい可汗に合流すべく東北へ移動して再起を図るのか、さもなくばクルト一族と同様に四散してしまうのか。皆には、明日の朝、再び集まって最後の決断をしてもらう。今夜一晩、良く考えてくれ」
 ゲイックの言葉で、その場は解散となった。
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