(一)

文字数 852文字

 この集落で奴隷になってから四回目の夏、そしてシメンが馬競争でこの草原を走った夏からは二年が経っていた。  
 シメンはソグド人の芸能屋に買われて、集落を出て行くことになった。その芸能屋は、夏祭りに毎年来ている(あん)椎雀(ついじゃく)という男で、歌や楽器、あるいは踊りのできる芸人を育てて、貴族の家や酒場に売り込む()り手の商人らしい。アトは、その安にこう言ってシメンを売り込んだのだという。

「あの娘は、半分、ソグド人の血をひいていて、ソグド語も多少できますから、安さんのところで役に立ちますよ」
「こっちは、胡旋舞(こせんぶ)の踊り手を探しに来たんですよ。踊り子なら、上物は長安の貴族に売り込むこともできるし、まあ二流でも街の酒場で高く買ってもらえますからね。でも顔に傷がある女では、誰も買ってくれません。そこはアトさんもわかるでしょう」
「まあ長安の宮殿は無理にしても、あの顔立ちなら、そこそこいけるのではないですか。良く働くし、乗馬も得意だから、何かと使えますよ」
「ハハハ、高く買わせようと、いろいろ言いますね。私も、あの娘がソグド系の顔立ちをしているのは前から気付いていたし、横顔の美しさにはハッとしましたがね、正面から見た時のあの傷跡にはぎょっとしましたよ。惜しいですね」

 そんなやり取りがあったのだと教えてから、アトはリョウに言った。
「せっかく悦おばさんがきれいな服を着せてあげたのだが、やはり傷物では高く売れなかった。安の奴も商売となると、なんだかんだと値切ってくるからな。それでも、俺が何とか売り込んでやったから、シメンもここで奴隷をしているよりはいい暮らしができるだろうよ」
 シメンをソグド人に売ったことを恩着せがましく話すアトに、リョウは少し腹が立った。しかし、よく考えてみれば、少しでも縁のあるソグド人の所に買われて行く方が、東方の知らない部族などに売られるより、よほど良かったのかなと思い直した。それでも、踊り子にはできないからと、小間使いとしての安い値段で売られていくシメンの将来は、厳しいものなることが予想された。
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