(二)

文字数 1,225文字

 ゲイックの言葉を受けて、ドムズが言った。
「俺たち遊牧民は、自分の家畜さえ守っていければ良いから、大勢で群れたいとは思わない。部族間に上下関係はないし、王もいらない。しかし、厳しい自然のせいで、自分達だけでは生きていけないときもある。また、他の部族から良い草地や冬営地を武力で奪われることもある。そういう時に、助けてくれる者、守ってくれる者どうしで集まる必要があるんだ」
「それなら、俺とキュクダグは、主従ではなく対等ということになるではないか」
 思わず上げたアユンの声に、ドムズが「そんなことを大声で言うな」と身振りで示してから言った。
「まあそうではある。しかし、ビュクダグの部族は我々より大きいし、以前から万人隊長の阿史那(あしな)胆栄(たんえい)は、左翼四千の隊長はビュクダグの一族と決めている。一方的に決めるわけではなく、他の千人隊長から支持され、推される者を隊長にする建前だが、実際は、支持してくれる部族長たちに十分な見返りを与える財力と、万人隊長に貢物(みつぎもの)を贈る財力が必要になるのだ」
「うちの部族は、財力でビュクダグに劣るということか」
「昔は、そんなことはなかった。しかし、大きな戦争があるたびに、可汗から万人隊長、万人隊長から千人隊長というように、戦利品が配られる。褒賞として分配される戦利品は多ければ多いほど良いから、皆、勇猛に戦うわけだ。上に立つ者の役割は、いかに不平不満を抑えて、戦果に応じた褒美を配れるかということになるのだが、実は、配るだけでなく、上にいるほど自分の手元に残る財産も増えてくる。そういうことだ」

 ドムズの説明にまだ不満顔のアユンに向かって、アトも話に加わった。
「ここしばらくは、大きな戦も無かった。そうすると、敵からの獲物が無くなるので、かわりに、商人や少数部族の者から、何くれと貢物を受け取ることになる。中には、クルト・イルキンのように隠れて農耕民から略奪して財産を作ろうとする者もでてくる。それくらいしないと、部隊長で居続けることはできないのだ」
 ゲイックが言った。
「上に立つには、戦時にも平時にも、武力と財力がいる。俺は、今の生活が続けば良いと思っているし、何も無理して千人隊長より偉くなりたいとは思わない。部族どうしは、助けることもあれば、助けられることもある。そのつり合いが取れるようにそれぞれの役割が決まっているだけで、この国は多くの部族の緩い集合体だということだ」

 それまで黙って聞いていたリョウが言った。
「そうであれば、力の均衡が崩れると、裏切って敵方に付く部族も出てくるということですね」
 その場にいた全員が、ギョッとしたようにリョウの方を振り向いた。少し間をおいて、ゲイックが笑い出した。
「ハハハ、裏切るも何も、俺たちは(はな)から誰にも従属なんかしてないんだ。この広い大地で自由に生きていくことは、誰にでも許されていることだからな。奴隷のお前だって、いずれ戦で手柄を立てれば、自由な身になれるだろう。それがこの草原の掟だ」
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