(二)

文字数 1,136文字

 替え馬への乗り換え地で短い休憩に入った時、アユンはブルトに警戒を強めるよう進言したが、予想どおり無視されたという。
 しかたなくアユンは、バルタ隊の百人隊長ザクルと、ティルキ配下の百人隊長ラコンにいきさつを説明して、ともかく油断しないようにと話をした。アユンだけでは、信じてもらえなさそうだったが、経験豊富なグネスが一緒に話をしてくれたおかげで、取り急ぎ左右の見張りや前方の斥候を増やして、油断なく対処することにした。さらにリョウは、敵陣までの地形や抜け道になりそうな場所を三隊の隊長たちにも詳しく伝えた。

 その見張りが、さっそく、前方から駆けてくる馬がいると報告してきた。馬の鞍に、しがみつくように乗っているのは、怪我をした味方の兵士のようだという。
 アユンが見に行くというので、リョウは自分も連れて行くように頼んだ。両手首を前で縛られたままだったが、アユンは一緒に行こうと言ってくれた。

 たどり着くなり、崩れるように滑り落ちるのを、周りの者が支えて、その兵士を座らせた。
「ゲイック・イルキンの斥候、リョウはいるか」
 兵士が苦しそうに発した第一声は、それだった。ブルトと一緒に来ていたネヒシュが、その兵士の顔を覗き込んだ。
「お前はカヤか。リョウに殺されたのではなかったのか」 
 ネヒシュの言葉に、カヤは強く首を振った。リョウが、囲みから抜け出して駆け寄り、カヤの手を握った。
「カヤ、すまぬ。怪我したお前を一人で行かせてしまった。良くぞ帰って来た」
 カヤがリョウの両手首に巻かれた縄を見た。察しの良い男だった。
「なぜリョウを縛る。リョウは俺の命の恩人だ」
 アユンが、パッと顔を輝かせた。ネヒシュが問いただした。
「リョウは、騎馬の伏兵が居ると言ってるが、お前は見てないのだろ」
「確かに、俺は見ていない。リョウは、唐の兵がそう言っているのを聞いたようだが、俺は漢語もわからないから、確かなことは言えない。しかし、リョウが言うなら本当だろう」
「俺は、カヤを送り出した後、自分の眼でも確かめたのだ。ここは援軍を待つべきだ」
 リョウの言葉に、ブルトが顔を真っ赤にして怒鳴った。
「奴隷の斥候ごときが偉そうなことを言うな。今度、何か言ったら首が飛ぶと思え」

 この奇襲部隊は、ブルトが隊長だ。誰も何も言えなかった。グネスだけは、冷静にリョウの手を取った。
「まずはリョウの疑いは晴れたわけだから、縄は外させてもらうぞ」
「勝手にしろ。後で裏切りだとわかって、ほえ(づら)をかくな。時間を無駄にした。全軍、突撃体制を至急、整えろ」
 ここから敵陣までは、わずか三十里足らず、駈足で突進すると四半刻(約30分)の距離だ。 各隊は、馬を元気な二頭目に乗り換え、準備を整えると、ブルトの合図で進軍を開始した。
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