(六)

文字数 1,206文字

 二人は、縄で縛られたまま、広場の反対側に引き立てられた。
 その時、リョウは、広場に立てられた陣営の旗を見てハッとした。それは、草原で自分たちの集落が襲われたときに、敵の軍勢が掲げていた軍旗と同じものに思われた。夜なので、色は良く見えないが、あの日の敵の旗は今でも目に焼き付いている。もしかしたら、唐の軍は皆同じ旗を掲げているのかもしれないと思ったが、それは違うだろう。突厥の軍では千人隊ごとに旗が違うように、戦場での指揮を考えれば、少なくとも二千から三千の大隊ごとに違う旗を持っていてもおかしくはない。だとすると、ここにいる唐の軍は、自分たちを襲った軍勢と関わりがあるのではないか。
 リョウは、自分の心が冷えてくるのを感じた。

 二人とも、上官による尋問のために、馬をつなぐ杭に縛り付けられた。
「俺は、長安に住んでいた、唐の民です。旅の途上で襲われて、突厥の奴隷になっていました」
「それがどうして、この陣地を見張るようなことをしていたのだ」
「俺は、ただの道案内です。何かのときの通訳代わりとも言われました。従わなかったら殺されます。だから、さっきから何とか逃げられないかと様子を見ていたのです」
 そう言われた上官は、試すように長安の街の様子をリョウに訊ねた。リョウがすらすらと漢語で、街の通りや店の名前を言うのを聞いて、少し態度が緩んだようだった。そして、突厥の軍勢がどこに、どれだけいるのかを聞いてきた。
「自分は使い走りで、戦のことはよくわかりません」
 リョウの言葉に、上官はそれならばカヤへの尋問を通訳するように言った。リョウが、上官の言葉を突厥語に訳してカヤに訊ね、カヤの答えを漢語に訳して上官に伝えるということだ。

「ここの上官が、突厥の軍の人数と、いつ出陣予定かを教えろと言っている」
「お前は、やはり裏切り者だったな。殺しておくべきだった」
 突厥語の二人のやり取りに、上官が何を言っているのだと聞いたので、リョウはそのとおりの言葉を漢語で伝えた。これで、上官はますますリョウを信頼したようだった。
「言わなくても殺されるぞ。俺は裏切ってない。適当に答えれば、俺が良いように訳して伝えるから何か言え」
 早口で話すリョウの言葉に、カヤが驚いた顔でリョウを見た。
「喜んだふりをして、早く何か言え」
 強く促すリョウの言葉の意味がわかってか、わからなくてか、カヤは戸惑いながら、適当なことを口にした。上官がまた、何を言っているのかと訊ねた。
「教えれば命は助けてもらえると言って、話させました。軍勢は千人ほどの騎馬で、今、各地から集合している最中です。早ければ明日の夕方までには、この辺りに到着するだろうということです」
「教えれば助けるなんて言ってない。勝手なことを言うな」
「すみません。でもこいつは突厥語しか話せないけど、漢人の両親が殺されて子供のころから奴隷として暮らしてきたのです。なんとか、命は助けてください」
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