(一)

文字数 1,284文字

 この年、秋も深まった頃、リョウはアユンと共にゲイック・イルキンに伴われ、ビュクダグを訪ねることになった。有力部族による合議が開催されるので、それに合わせて、大狩猟の折りにアユンが誤ってビュクダグの子、キュクダグに矢を射かけたことを謝罪するための同行だった。
 ゲイックらの助命嘆願が認められ、アユンに代わり奴隷のリョウに鞭打刑を科すことで事態は納められたが、後腐れが無いよう正式に謝り、助命への礼をする良い機会だと、ゲイックが判断したのだった。
 もちろん、謝罪とは頭を下げるだけで済むはずはなく、ゲイックの所有する馬三頭と、ソグド商人の康佇維から購入したばかりの西域の見事な硝子(がらす)の水差しを持参しての訪問だった。合議に参加するために、副隊長で軍事の責任者のドムズと、情報担当のアトも同行している。足手まといとなる羊や荷車は無いので、馬で駆ければ片道二日の旅である。

 昼前に着いた一行は早速、ビュクダグに面会を求めた。
 ビュクダグのゲルは、七、八十人は収容できそうな大きなものだった。一行はその真ん中に敷かれた絨毯(じゅうたん)の上を歩き、正面の椅子に座るビュクダグの前に(ひざまず)いた。ビュクダグ(大きい山)という名前のとおり大きい男だと聞いていたが、近くで見ると、ただ太っているだけのようにリョウには見えた。
 大狩猟の最中の事故であり、またキュクダグには何も怪我が無かったこともあってか、ビュクダグは機嫌よくゲイックの謝罪を受け入れた。それどころか、謝罪の品を持参した見返りにと、銀の酒器が下賜(かし)された。
 その場には、ティルキやキュクダグもいたが、キュクダの傍らにはリョウたちに革の鞭を振るったキュクダのネケルもいて、リョウは居心地が悪かった。アユンも、それに気付いたようで、気まずい顔をして神妙に跪いていた。

 謝罪会見の後、アユンが父親であるゲイックに尋ねた。
「謝罪のために馬と硝子の水差しを持ってきたのに、なぜ高価な銀器をもらうことになったのですか」
「それは物をやり取りすることで、お互いの関係を円満に保つためだ。謝罪は受けるが、代わりに良いものをやるから、これからも自分のためにしっかり働けよと言われたようなものさ。千人隊長、万人隊長と、上になるほど、多くの貴金属や家畜を下の者に与えることが求められる。それが部族長であることの度量であり、上に立つ者の務めなのだ。お前もいずれそうしなければならない」
「ビュクダグと親父はどっちも千人隊長なのに、ビュクダグは親父より偉そうにしている。あの一族は、うちの一族とは同じではないのですか」
「同じと言えば同じだし、違うと言えば違うというところかな」
「それは、どういうことですか」
「万人隊長あたりまでは、支配部族の阿史那氏に連なる一族の者が務めるが、その傘下の部隊は、阿史那氏の親族に近いものもあれば、もともと別の一族だったものや、かつては敵対して征服された部族など、様々だ。ビュクダグの一族とわれわれの一族は、阿史那氏とは全く縁のない支配される側という点で同じだが、お互いに狼の子孫であるということ以外は何の縁もない、異なる部族ということになる」
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