(四)

文字数 2,082文字

 合議は外の広場で行われるので、アユンやリョウも近くで見ることが許されている。可汗や貴族は別にしても、身分の上下関係や部族による差別があまりないということで、リョウはゲイックが言っていた「多くの部族の緩い集合体」という言葉を思い出していた。

 合議は、ビュクダグの副官であり、左翼隊の副隊長でもあるティルキが仕切って始まった。あの大狩猟で、全軍を指揮する旗を振っていた男だ。今日の合議の目的は、唐軍や南西のウイグル族の動きについて情報を共有し、いざという時に備えて結束を図っておくことだと聞いていた。
 最初にティルキが、広場の正面の台上から、これまで可汗であった伊然可汗(イネル・カガン)とその後に即位した弟の登利可汗(テングリ・カガン)が共に殺され、今は、骨咄葉護(クトゥルク・ヤブグ)が可汗に即位しているというあらましを紹介した。リョウにとっては、(こう)佇維(ちょい)から聞いて既に知っている話だった。ただ、ティルキは誰が誰に殺されたかまでは話さなかった。内紛の話は結束を乱すので、あえて話さなかったのだろうとリョウは推測した。

 次いで、情報交換の場になり、それぞれの部族長や副官たちが、自分の周りで起こっていることや知っている情報を報告していった。それによると、西や南の集落では、ウイグル族との小競り合いが頻繁に起こるようになっているとのことで、何人もの部族長たちが、最近起こった集落への攻撃や家畜の略奪について怒りを込めて話をした。クルト・イルキンがそれらの話を引き取って言った。
「ウイグルの連中は、突厥(とっくつ)可汗(かがん)が変わり、軍も弱体化していると見て、この機会に領地を広げるつもりだ。それは間違いない。こちらも体制を整えないと、やられてしまう。新しい可汗に、そのための軍資金をしっかり出してもらうように言うべきだ」
 そうだ、そうだという声があがり、ウイグルへの対応はビュクダグが万人隊長に伝えることになった。

 次に、唐の動きに話は移り、唐とは距離的にも近いゲイック・イルキンの部族から報告することが促され、情報担当のアトが前に出た。リョウが康佇維から聞いた話は、自分の父親に関すること以外は、全部アトに報告していた。アトは、それに自分で集めた情報も併せて皆に話し始めた。
「唐の武将に、(おう)忠嗣(ちゅうし)という者がいる。父親が吐蕃(とばん)(チベット)との戦いで功績を上げたが、戦死したので宮中で育てられ男だという。古来の兵法に通じていて、皇帝のお気に入りだそうだ。実戦でも勇猛果敢な男で、その王忠嗣が、今年、朔方(さくほう)節度使(せつどし)に任ぜられた。
 こいつが油断ならぬ奴で、父親と同様に吐蕃と戦ってさんざんに打ち破ったが、今度は、我ら突厥や隣の奚、契丹など北方の騎馬遊牧民族を徹底的に叩こうと動いている。突厥では、ビルゲ・カガン以来、長いこと和親策を取ってきたのに、その代償としての絹や家畜を納めることにケチをつけ、皇帝のお気に入りを良いことに、争いの種をそこら中で蒔いている」
 近くに立っていたクルト・イルキンが、一歩前に出た。
「王忠嗣の話は、こちらでも聞いている。あ奴は、(くに)(ざかい)の市で、高値で馬を買い取ると触れ回っているそうだ。平和ボケした遊牧民が馬を売りに来るように画策しているのだ。そのおかげで、今や歩兵ばかりだった唐の軍隊では、騎兵の数が格段に増えて、強くなっているという。国境と言えば、ゲイック・イルキンの辺りもそうだ。ゲイックの部族では、馬が不足しているのではないか」
「馬鹿なことを言うな。戦になったら、馬は一人で三頭は必要だし、軍馬としての訓練も必要だ。俺の部族は、いつでも戦えるようにここに居るドムズが厳しい訓練をしている。そういう貴様の方こそ、力の弱い農耕民ばかり襲って略奪を繰り返し、王忠嗣を怒らせているのではないか」
 大声で反論したゲイックとクルトが一触即発の状態で(にら)みあったところで、ビュクダグが台上に立った。
「二人とも、そこまでだ。王忠嗣がただ者でないことはわしも聞いておる。ウイグル族の挑発にも、そやつが関係しているらしい。実際に、王忠嗣の部隊に襲われた部族もおり、早めに手を打つつもりだ。その時には、皆にも兵を出してもらわねばならない。その件は後日、万人隊長からも指示があるだろうが、今日のところは、結束を保つための集まりでもあるのだから、ここでいがみ合うのはやめてもらおう。今日の合議はこれまでとし、隊長と副隊長には、あのゲルに席を用意している。どうかそちらに移って、酒でも飲んで楽しんでほしい」

 合議の後には、集まった隊長たちを慰労するための宴が設けられるのが慣例となっていた。 そもそも合議などあまり好きではない者も多く、先ほどから流れてくる羊を焼く匂いや、踊り子だろうか、色とりどりの着物を着た女たちのさざめきにそわそわしていた隊長たちは、ビュクダグの言葉で、ぞろぞろと宴会場の大きなゲルに移動し始めた。
 リョウたち随行者にも、外の焚火を囲んで料理や酒が用意されていた。リョウは、少しでもゲルの中の様子が知りたくて、馬乳酒と羊肉を手に、アユンと並んで入り口に近い場所に陣取った。
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